2017年10月29日日曜日

BABYMETAL at OSAKA-JO HALL

 巨大キツネ祭り in JAPAN
9/26(火) さいたまスーパーアリーナ OPEN 18:00 / START 19:00
9/27(水) さいたまスーパーアリーナ OPEN 18:00 / START 19:00
10/14(土) 大阪城ホール OPEN 18:00 / START 19:00
10/15(日) 大阪城ホール OPEN 16:00 / START 17:00

 学会の合間をぬって、ベビメタの大阪城ホール公演に参戦しました。
夏のサマソニでのベビメタのパフォーマンスには正直がっかりしたので、今回もあまり期待せずに行ったのですが、さすがにワンマン公演だけあって素晴らしかったです。
それはバックステージに掲げられた5面の巨大LEDスクリーンによる演出によるものです。


加えて、レーザーの演出も過去最良のものでした。つまり演出自体はこれまでのベビメタの公演(わたしが実際に観たもののなかで)でベストといえるものでした。ただし、音響についてはいまいちで、これは大阪城ホール自体の問題のようにも思えますので敢えて言及しません。
曲としては、「シンコペーション」が最高でした。アルバムを最初に聴いた頃はあまり好きではなかったこの「シンコペーション」、演出の素晴らしさとともに楽曲自体がどんどん好印象へと変わりつつあります。「メタ太郎」と「アモーレ」は相変わらず素晴らしく、MCなしで一直線に突っ走る構成もただただ素晴らしかったです。
ということで、今回の公演には大満足。
ただ、アリーナが細かく区切られていたため大きなサークルモッシュができていませんでした。わたしはスタンドから俯瞰していただけなのですが、メイトたちがちょっとかわいそうだと思いました。アリーナでのメイトの激しい動きというのもベビメタの公演では観るに値する光景だと思いますので、なるべく広いエリアを開放してほしいと思います。
さて、次はニュー・アルバムですね。
来年早々にはリリースしてほしいものです。


2017年9月30日土曜日

夏の思い出?


打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(うちあげはなび、したからみるかよこからみるか)は、1993年にフジテレビで放送された岩井俊二監督のテレビドラマ作品。また、1995年に公開された映画作品。
2017年8月18日、この作品を原作としたアニメ映画が公開された。

 「打ち上げ花火〜〜」のアニメ版が今夏上映されていたようですが、現時点でわたしは観賞していません。その代わりといってはなんですが、YouTubeで岩井俊二監督の元祖「打ち上げ花火〜〜」を久しぶりに観て、やはりこれは素晴らしいいい映画だと再認識した次第です。1996年頃に岩井俊二特集のようなものを映画館でやっておりその際にドラマの映画版?を観たのが初めてで、当時物凄く感動したことをおぼえています。
で、この映画では「夏」と「少年たち」というのがキーワードとしてあり、少年たちが集まって小さな冒険(単に花火を観るための絶景ポイントを目指すだけのことですが)のようなことをするというのが、自分の少年時代を思い出してもわくわくするのを感じざるをえないのですが、たとえばそれは映画「スタンド・バイ・ミー」の映像と重なるものもありますし、以前のエントリーで紹介しましたamazarashiの「夏を待っていました」の歌詞にも通じるものがありますし、そうこう思考をめぐらしているとそういえばそんな光景を歌ったアイドルグループがあったなあと思い、何だったけなあと熟考してみるとそれはZONEというグループの「Secret Base〜きみがくれたもの」という曲でした。
特にZONEというグループに興味があったわけではないのですが、YouTubeで久しぶりにその曲を聴いてみると昔のものから再結成そして解散間際のものまでいろいろな動画がありました。


時の流れを感じるとともに確かにきれいに齢を重ねているなと思われ、といっても齢というほどの年齢でもなく(まだ30歳くらい)、しかしそれでももう完全に解散してしまったようでそれはそれでそんなものかと思った次第でした。
自分の小学生の頃、夏休みに友達とよく遊んで、秘密基地作りとかもしていたことがとても懐かしく思い出されました。
ということでなんとか更新乙!

2017年8月30日水曜日

BABYMETAL at SummerSonic2017

サマソニ2017は8月19日から20日に東京幕張と大阪舞洲で開催された。

今年はベビメタが幕張のメインステージであるマリンステージで2ndヘッドライナーをつとめるということでもちろん参戦してきました。
マリンステージは千葉ロッテの本拠地であるZOZO TOWNスタジアムつまり野球場ですのでアリーナでなくてスタジアムで座って観覧できるのがなんといっても一番ひかれた理由です。天候は曇りで、それでもちょっと日焼けしてしまいました。昼過ぎのCIRCA WAVESからベビメタまでずっとマリンステージで観覧してましたww
CIRCA WAVESはドラムを叩いている人がベビメタTシャツを着ていました。
その後のINABA/SALASは邦楽バンドのB'zのボーカルの稲葉さんということでなんとなくおばさん達が多かったような感じで、音もかなりアダルトっぽい感じのロックでした(なんのこっちゃ?)。その後のALL TIME LOWは一般受けしそうなポップ&ロックという感じでかなり盛り上がり、その後のROYAL BLOODはドラムとベースの二人だけで重厚な音をだすということでかなり期待しましたが期待ほどの重厚さはなく、まあかなりいい感じでしたがちょっと物足りない感じでした。その後のMWAMはもう最高でした。2年前のサマソニではMWAMを期待して参戦したのですが、直前にライナーが変更になって見逃してしまったので、今回はそのリベンジでしっかりと聴いてきました。
MWAMは本当に素晴らしかったです。まあ、わたしにとってはMWAM初ライブであったことも 感動が大きかった原因でしょう。観客も一番多かったです。アリーナはもう一杯いっぱいでした。そして物凄く盛り上がってました。
その後がベビメタ。
観客はMWAMよりもやや少なかったです。
MWAMがスタジアムの9割方が埋まっていたとするとベビメタは8割方でした。
しかし、アリーナの観客の盛り上がりはベビメタの方が上だったような気もしますがMWAMもすごく盛り上がっていました。
ベビメタのセトリは1stアルバムの曲が多く、わたしにとっては退屈でした。
しかも、RORの前の紙芝居が2度流されるという演出ミスもあり、音自体もちょっとな感じで、MWAMに比べるとちょっとがっかり感をわたしは感じざるを得ませんでした。
ただ、Su-metalが「ついに、ついにここまで来ました!」 と叫んだときはかなりじーーーんと感動しました。本当にベビメタはサマソニとともに成長してきた感じですので、サマソニのベビメタというのは普段のベビメタとはやはり違うのです。
ということで、今年のサマソニのベストアクトは言うことなしで、MAN WITH A MISSION!
狼の着ぐるみと町工場の制服を来て、ガンガンにハードなメタルを奏でるMWAMは肉体を捨て、脳だけで生きることを選択した拙著「メタリック」の主人公を想起させました。


MWAMはもちろん日本のバンドですよ。なかの人たちの正体は不明です。上に有名な曲を貼っておきました。すべての曲がお薦めです。世界デビューも果たしたことですし、ベビメタ同様に今後のグローバルな活動に期待しましょう!

2017年7月31日月曜日

amazarashiにひかれた

 amazarashi(アマザラシ)は、日本のロックバンド。
青森県で結成された。バンド名は「日常に降りかかる悲しみや苦しみを雨に例え、
僕らは雨曝しだが“それでも”というところを歌いたい」から名付けられた。
メンバーは、ボーカル・ギター担当の秋田ひろむとキーボード担当の豊川真奈美から成る。

 iTunesでもっぱら音楽を聴いているといつのまにDLしたのかわからない曲に出会うことがたまにある。
今回紹介するamazarashiもそうで、今年になって偶然その曲がiPhoneから聴こえてきて、なんとなく気になる曲だなあと思いつつ、いつのまにか何度も聴き、新たなアルバムを購入するまでになった。
amazarashiのなににそんなにひかれたのだろう?
歌詞はかなり厨二病的である。
おそらくこの歌詞を聴いただけでドン引きする人も多いと思う。
でもそんな確信犯的厨二病歌詞は何度も聴いていると自分の十代の思い出とうまく馴染んで融和していき心地よいものとなっていく。
単に厨二病的なと形容するにはもったいない何か心惹かれるものがそこにはある。
それはおそらく楽曲制作者の秋田ひろむが影響を受けた友川かずきや寺山修司のおかげであろう。かつ、かれの出生地が青森ということも関係あるのかもしれない。
厨二病的な歌詞と比較してそのメロディーはスピード感のあるエレクトロっぽい感じがする。その対比がまた面白い。
MVもたくさんあり、その映像の評価は高いが、わたしにはちょっと邪魔だ。MVではなく、音楽だけを聴いていたい。amazarashiの曲を聴いているとその厨二病的な歌詞に惹起された想像が頭のなかを巡り廻る。それはなにか心地よい。
だからそこに他者の映像が 入るとそれは異物のような感じで、わたしとamazarashiの音楽の融和の障害物となる。
声を大にして、他人に勧めたいアーティストではない。
自分だけの密やかな楽しみとしてずっと聴き続けたいバンドである。
といいつつブログに紹介している。
そんな音楽である。

とりあえず最初に嵌った曲「夏を待ってました」を貼っておきます。下記のamazarashiのオフィシャルHP( http://www.amazarashi.com/movie/ )でいろいろと聴けますが、MVより楽曲だけを耳だけで聴くほうがいいと思う。



最後にカバーした動画を。これはかなり感動した。こういう人がamazarashiを聴いて、その世界の引き込まれていって、それを自らの創作の糧にするのであろう。素晴らしい。


あーー、なんとか更新完了。

2017年6月29日木曜日

FDTD初演!

 FDTD(From Dusk Till Dawn)はBABYMETALのプログレッシブ風曲。

作詞はKITSUNE of METAL GOD, KxBxMETAL, TMETAL 作曲はゆよゆっぺ 編曲はYUPPEMETA

ちょっと前のできごとですので遅いといえば遅いのですがまあ仕方ない・・・。
そうです。
現時点でわたしのベビメタの楽曲のなかで一押しの曲、FDTDがライブで初演されたのです。なんということでしょう!ww
場所はLAのライブ会場でした。
アンコールで登場した最初の曲がなんとFDTDのようだったようです。
下にこれを録画したいくつかの動画を貼っておきます。
どれも素晴らしいです。
あーー、わたしも生で観たかったなあ。
今年のサマソニ、あるいは大阪城ホールのライブでは観れるかなあ・・・。
期待して待ちたいと思います




2017年5月31日水曜日

classic rock

 The Australian Pink Floyd Show, more frequently referred to as the Australian Pink Floyd, are a Pink Floyd tribute band formed in 1988 in Adelaide, South Australia. Their live shows attempt to recreate the look, feel, and sound of Pink Floyd's later world tours, employing visual aids such as lasers, inflatables and a large display panel similar to Mr Screen. The Australian Pink Floyd Show play venues worldwide.

米国 に留学していた90年代からすでに米国ではclassic rock channelというラジオ局があり、わたしはよく聴いていました。日本に帰ってからもインターネットで聴くことができたので結構聴いてました(ということで最近は全然聴いていないのですが・・・)。
このclassic rockの定義を調べると(といってもウィキで調べただけですが・・・)、下のようになります。
 

クラシック・ロック(Classic Rock)は、1970年代以降に誕生した音楽ジャンルにおける名称のひとつ。かつての1960年代の音楽性、つまりビートルズやローリング・ストーンズ、ザ・フー、キンクスなどの旧来のロックンロールを現代風に解釈したものである。クラシック音楽は認知度の高さだけではなく、大衆的な要素も含まれている。これらはラジオで頻繁に流される曲であり、一種の業界用語でもある。アメリカにはクラシック・ロック専門の放送局(主にFM)も数多くある。 しかし、あまり明確な定義はなく、その使われ方も様々である。
一般的には、ボストンの「More Than A Feeling(宇宙の彼方へ)」を聴いたアメリカのラジオ局のDJの言葉が始まりとされているが、確定的ではない。ラジオでオンエアされる曲は、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』以降に発表されたロックが多い。
この用語におけるクラシックとは、「古典的」「古臭い」という意味ではなく、「優れている」「大衆的」という意味で使われている。決してオールディーズ・ロックを指すものではないが、1960~1980年代のロック黎明期から衰退期における「ロックの古典」という意味で使う例も増えている。    Wikipediaより

要するにわたしの世代が、中学・高校・大学時代にヒットした洋楽ということになるのです。確かにボストンの「More Than A Feeling」などは腐る程聴き倒した思い出があります。で、今聴いてもどれも素晴らしいのですが、これらはやはりこれらを演奏したアーティストと密接に結びついているため、現代になってそれが他のアーティストによって再演されるとこなどはあまりないのかなあと思っていたのですが、ピンク・フロイドに関しては上にあげたThe Australian Pink Floyd Showというバンドがあり、かなり前から自分たちのアレンジでピンク・フロイドの楽曲を再演しているみたいです。


いわゆるクラシックが現代もなお多くのオーケストラにそして多くの音楽家に再演され、反復されて楽しまれているように、これらのクラシック・ロックも例えば100年後にも多くの音楽家に再演され、引き継がれていくのでしょうか?そうなってほしいと思いますが未来のことはわかりません。
とりあえず、わたしの大好きなピンク・フロイドの「Comfortably Numb」のギターの哭きの様々なアレンジ動画を貼っておきます。あなたはどれが一番好きですか?
ということでなんとか今月のエントリーを終えた。乙。





 

2017年4月30日日曜日

iPSのその後


ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(The New England Journal of Medicine、略称:N Engl J Med または NEJM)は、マサチューセッツ内科外科学会によって発行される医学雑誌である。継続して発行されている医学雑誌のうちでは世界で最も長い歴史を誇り、また世界で最も広く読まれ、最もよく引用され、最も影響を与えている一般的な医学系定期刊行物となっている。

何も書きたいと思うことがないので、今回は本業に近いことを書いてお茶を濁すことにします。
以前にもエントリーして、その後、推進派のクレームにこたえる形で取り下げたiPS細胞由来培養網膜色素上皮細胞の加齢黄斑変性患者への移植についてです。
1例目は無事何事もなく!(つまりiPS細胞による副作用や合併症はなく、同様に視力が改善したということもなく、まさに何事もなく、つまり何もしなかったと同じような状況にあるという)終了し、それは超一流ジャーナルのNEJMのbrief report(ここが大事。つまりfull reportではない。おまけに山中先生までco-authorに入っている)にacceptされ、学術的にも認知されたことになりました。で、その同じ号のNEJMには、米国で施行されたインチキ再生医療によって失明した数例の加齢黄斑変性患者の報告も掲載されていました。これをどのように解釈するか?
もちろん、神戸理研が施行したiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の移植はインチキではありません。十分過ぎるほどの検証をもって慎重に施行された立派な医学的施術です。というのはあくまでわたしの解釈です。世の中には結構アンチiPS派という人たちもいて(しかしこういう人たちがマスコミの上に姿を現すことは稀です。なにせマスコミはiPSマンセーの世界ですから)、こういう人たちにとっては理研の施術もインチキ極まりないということになります。まあそれはそれとして、1例目が終りましたが、この1例目の方法論はなんとこれで終りです。次に行うのはiPS細胞のライブラリにストックされた培養網膜色素上皮細胞のcell suspensionの移植に移行します。これの方が費用は格段に安くなるそうで、また各人からの細胞からiPS細胞を作成し、そこからまた網膜色素上皮細胞にまで誘導していく時間(およそ1年)も省略することができるという利点があるからです。この方法で既に1例は施行されました。今後、5例が連続的に施行されるということですからその結果が待ち遠しいところですが、おそらく結果は最初と同じで、「無事何事もなく終了!」だと思います。実はそれで十分なのです。何事もないことで、今後の悪化を防ぐことができたということになり、それなりの効果があると論理的に結論できるからです。 加齢黄斑変性は老化によるものです。ですからそれが今後どれだけ進行するかどうかの判定には少なくとも5年、いや10年から20年のスパンで評価されるべきものと思われますが、おそらくそういう評価の俎上にのることはないように思われます。もちろん、この移植治療が加齢黄斑変性の標準的治療となり、年間に1万例くらいの患者が手術を受けることになると将来的にはそのような判定を受けることは必然と思われますが、どう考えても、あるいは単にわたしが馬鹿だけのことかもしれないのですが、このような治療が標準的治療になることはあり得ないと思うのです(理由は費用対効果があまりに小さい。ですからこのプロジェクトに関わった利益相反のある特別な施設では細々と続けられるかもしれませんが、まったく利益相反のない客観的視点からこの施術を評価できる多くの施設で多くの医師によって多くの患者に施行されるものとはなりえないでしょう)が、マスコミおよびその周辺界隈では非常な期待感をもって見られているというのが、わたしにとっては違和感のようなものになるのです。
と、ここまではシニカルな視点で理研の仕事について書きましたが、ここからはもっとポジティブな観点から理研の新たなプロジェクトを紹介。
それはiPS細胞由来培養神経網膜シートについてです。
神経網膜は網膜色素上皮細胞の上にあるいわゆる網膜そのものを指します。で、これをどういう疾患に応用するのかということになると黄斑円孔という網膜の中心部に穴が空いた疾患に利用できるのではないかと期待できます。
通常の黄斑円孔は、内境界膜剥離という手術によりほぼ円孔は閉鎖し、視力もかなり改善するのですが、大きな円孔や強度近視にともなったものでは、その閉鎖率も低下し、術後視力の改善もいまひとつとなるのですが、これに培養神経網膜シートを移植すると閉鎖率も向上し、さらに術後視力のさらなる改善も期待できるように思われます。同じコンセプトですでに自己神経網膜(周辺部網膜を切除したもの)を黄斑円孔に埋めることにより良好な結果を得たという報告が出ています。これらの移植のコンセプト、つまり円孔に基底膜を移植することによりそこに増殖変化を惹起して欠損部を再生させるというのは、2010年にポーランドのDr Nawrockiが発表したinverted ILM flap techniqueという斬新な手術方法にその起源があります。内境界膜(ILM)を翻転させて円孔に埋め込み、そこに増殖組織(主にグリア細胞)を活性化させ円孔を閉鎖させる。この内境界膜の代替として水晶体後嚢や自家神経網膜が応用され、つきるところは培養神経網膜シートとなるように思われます。私事ですが、このinverted ILM flap techniqueを強度近視黄斑円孔に応用した成績を初めて報告したのがわたしです。その縁があって、最初の発案者Dr Nawrockiにポーランドまで講演しにくるように招待された次第です。初めに紹介した理研のNEJMのreportのfirst authorがM先生で、このiPS由来培養神経網膜シートを作成したのもこのM先生です。M先生は京大の大学院時代からよく知っており非常に優秀な先生です。昨年のあるプライベートな会でたまたまM先生と同席し、培養神経網膜シートの進捗具合を尋ね、実際にどのような臨床症例に応用するつもりか尋ねたところ、その時点ではまったくのno ideaという反応を得たため、僭越ながらわたしの方から強度近視性黄斑円孔網膜剥離や難治性黄斑円孔への応用を勧めさせていただきました。M先生には具体的な臨床適応症例が思いつかなかったためわたしの提案には素直に喜んでおられましたが、今後、このプロジェクトがどのように進展していくかは不明です。
ということで、なんとか4月にエントリーできました。乙。

えっと。これだけではちょっと淋しいので、本日、米国でのBABYMETALとレッド・ホット・チリ・ペッパーズの共演ギミチョコをupしておきます。ベビメタにはなんとか今年も日本で大箱で単独公演してほしいです。