2017年4月30日日曜日

iPSのその後


ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(The New England Journal of Medicine、略称:N Engl J Med または NEJM)は、マサチューセッツ内科外科学会によって発行される医学雑誌である。継続して発行されている医学雑誌のうちでは世界で最も長い歴史を誇り、また世界で最も広く読まれ、最もよく引用され、最も影響を与えている一般的な医学系定期刊行物となっている。

何も書きたいと思うことがないので、今回は本業に近いことを書いてお茶を濁すことにします。
以前にもエントリーして、その後、推進派のクレームにこたえる形で取り下げたiPS細胞由来培養網膜色素上皮細胞の加齢黄斑変性患者への移植についてです。
1例目は無事何事もなく!(つまりiPS細胞による副作用や合併症はなく、同様に視力が改善したということもなく、まさに何事もなく、つまり何もしなかったと同じような状況にあるという)終了し、それは超一流ジャーナルのNEJMのbrief report(ここが大事。つまりfull reportではない。おまけに山中先生までco-authorに入っている)にacceptされ、学術的にも認知されたことになりました。で、その同じ号のNEJMには、米国で施行されたインチキ再生医療によって失明した数例の加齢黄斑変性患者の報告も掲載されていました。これをどのように解釈するか?
もちろん、神戸理研が施行したiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の移植はインチキではありません。十分過ぎるほどの検証をもって慎重に施行された立派な医学的施術です。というのはあくまでわたしの解釈です。世の中には結構アンチiPS派という人たちもいて(しかしこういう人たちがマスコミの上に姿を現すことは稀です。なにせマスコミはiPSマンセーの世界ですから)、こういう人たちにとっては理研の施術もインチキ極まりないということになります。まあそれはそれとして、1例目が終りましたが、この1例目の方法論はなんとこれで終りです。次に行うのはiPS細胞のライブラリにストックされた培養網膜色素上皮細胞のcell suspensionの移植に移行します。これの方が費用は格段に安くなるそうで、また各人からの細胞からiPS細胞を作成し、そこからまた網膜色素上皮細胞にまで誘導していく時間(およそ1年)も省略することができるという利点があるからです。この方法で既に1例は施行されました。今後、5例が連続的に施行されるということですからその結果が待ち遠しいところですが、おそらく結果は最初と同じで、「無事何事もなく終了!」だと思います。実はそれで十分なのです。何事もないことで、今後の悪化を防ぐことができたということになり、それなりの効果があると論理的に結論できるからです。 加齢黄斑変性は老化によるものです。ですからそれが今後どれだけ進行するかどうかの判定には少なくとも5年、いや10年から20年のスパンで評価されるべきものと思われますが、おそらくそういう評価の俎上にのることはないように思われます。もちろん、この移植治療が加齢黄斑変性の標準的治療となり、年間に1万例くらいの患者が手術を受けることになると将来的にはそのような判定を受けることは必然と思われますが、どう考えても、あるいは単にわたしが馬鹿だけのことかもしれないのですが、このような治療が標準的治療になることはあり得ないと思うのです(理由は費用対効果があまりに小さい。ですからこのプロジェクトに関わった利益相反のある特別な施設では細々と続けられるかもしれませんが、まったく利益相反のない客観的視点からこの施術を評価できる多くの施設で多くの医師によって多くの患者に施行されるものとはなりえないでしょう)が、マスコミおよびその周辺界隈では非常な期待感をもって見られているというのが、わたしにとっては違和感のようなものになるのです。
と、ここまではシニカルな視点で理研の仕事について書きましたが、ここからはもっとポジティブな観点から理研の新たなプロジェクトを紹介。
それはiPS細胞由来培養神経網膜シートについてです。
神経網膜は網膜色素上皮細胞の上にあるいわゆる網膜そのものを指します。で、これをどういう疾患に応用するのかということになると黄斑円孔という網膜の中心部に穴が空いた疾患に利用できるのではないかと期待できます。
通常の黄斑円孔は、内境界膜剥離という手術によりほぼ円孔は閉鎖し、視力もかなり改善するのですが、大きな円孔や強度近視にともなったものでは、その閉鎖率も低下し、術後視力の改善もいまひとつとなるのですが、これに培養神経網膜シートを移植すると閉鎖率も向上し、さらに術後視力のさらなる改善も期待できるように思われます。同じコンセプトですでに自己神経網膜(周辺部網膜を切除したもの)を黄斑円孔に埋めることにより良好な結果を得たという報告が出ています。これらの移植のコンセプト、つまり円孔に基底膜を移植することによりそこに増殖変化を惹起して欠損部を再生させるというのは、2010年にポーランドのDr Nawrockiが発表したinverted ILM flap techniqueという斬新な手術方法にその起源があります。内境界膜(ILM)を翻転させて円孔に埋め込み、そこに増殖組織(主にグリア細胞)を活性化させ円孔を閉鎖させる。この内境界膜の代替として水晶体後嚢や自家神経網膜が応用され、つきるところは培養神経網膜シートとなるように思われます。私事ですが、このinverted ILM flap techniqueを強度近視黄斑円孔に応用した成績を初めて報告したのがわたしです。その縁があって、最初の発案者Dr Nawrockiにポーランドまで講演しにくるように招待された次第です。初めに紹介した理研のNEJMのreportのfirst authorがM先生で、このiPS由来培養神経網膜シートを作成したのもこのM先生です。M先生は京大の大学院時代からよく知っており非常に優秀な先生です。昨年のあるプライベートな会でたまたまM先生と同席し、培養神経網膜シートの進捗具合を尋ね、実際にどのような臨床症例に応用するつもりか尋ねたところ、その時点ではまったくのno ideaという反応を得たため、僭越ながらわたしの方から強度近視性黄斑円孔網膜剥離や難治性黄斑円孔への応用を勧めさせていただきました。M先生には具体的な臨床適応症例が思いつかなかったためわたしの提案には素直に喜んでおられましたが、今後、このプロジェクトがどのように進展していくかは不明です。
ということで、なんとか4月にエントリーできました。乙。

えっと。これだけではちょっと淋しいので、本日、米国でのBABYMETALとレッド・ホット・チリ・ペッパーズの共演ギミチョコをupしておきます。ベビメタにはなんとか今年も日本で大箱で単独公演してほしいです。