2012年10月14日日曜日

iPS細胞と

iPS細胞とは、体細胞へ数種類の遺伝子を導入することにより、
ES細胞(胚性幹細胞)のように非常に多くの細胞に分化できる分化万能性と
分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能を持たせた細胞のこと。

京大の山中教授がiPS細胞の開発ということでノーベル賞を受賞なされました。まことにめでたいことであります。京大医学部卒のわたしとしては、京大があらゆる人にその門戸を広げ、本当に優秀な人を集めている姿勢を誇らしく思います。山中先生は神戸大学卒で、市中病院で臨床研修後、大阪市立大大学院、米国留学、大阪市立大、奈良先端大学と様々な施設を経由して京大に来られた先生で、それゆえマスコミにもより好意的にとりあげられているものだと思います(そのうえ、人格的にも非常に謙虚な方のようですので余計に好感度は増すのではないでしょうか)。実際、学閥や出身大学にかかわらず、優秀な仕事をしている人にそれに見合う環境を用意することはとても大切で、京大はこういった面では日本の大学のなかで最先端をいっているのかもしれません。事実、医学部基礎系の教授は京大出身者以外の方が多いような気がします。医学部臨床の教授も徐々に京大出身以外の教授が増えてきており、できれば京大卒は京大教授にしないというくらいの大英断を下してもいいと思います(米国は当たり前のようにそうなってます)。京大卒に優秀な人がいないという意味ではなく(逆にとても多くの優秀な方がいます)、学閥とかなくしてもっと自由に人材の交流があった方がマクロにみて医学のために貢献するものと思われます。そのためには臨床系の医局制度も崩壊させる必要があると思いますが。
で、このiPS細胞というやつは、非常に画期的な業績であるのですが、山中先生が独自に異境の中で発見したというものではなく、基本的な理論は、同時受賞となったジョン・ガードン教授が1962年にカエルの細胞を使って証明しているわけです。ですから1990年台からES細胞によるクローン作成の話題が大きくなり、再生医療に陽があたってくるにともない、多くの研究者がiPS細胞の樹立に血眼になっていたわけです。そのなかでたまたま山中先生が当たりを引いた!癌遺伝子を感染させることにより全能性をもたせるということは誰もが考えることで決して山中先生独自のアイデアではないのです。ただ、どの癌遺伝子が必要でそれがどういう組み合わせでいくつ必要か?その膨大な組み合わせの中から偶然山中グループが当たりクジをいち早く引き当てたわけです。そのあたりは山中先生もよくわかっておられ、決して奢ることなく、実際の実験担当の高橋先生に感謝の言葉を送っているその姿からもよくわかります。ですから同じ系の実験をしていた研究者たちからは嫉妬の念が沸き起こってくるのもよくわかります。これが誰も考えもしなかった新たな免疫システムとかを独自に打ちたて、医学のセントラルドグマをコペルニクス的転回させる理論を発表するとかになると嫉妬を生むこともなく、羨望と驚愕のみが生まれるのかもしれません。ただ、そのようなものを生み出す人は、偏執狂的な人と思われますので、それほど祝福はされないでしょう(笑)。山中先生のすばらしい人柄をみるにつけ、iPS細胞自体の業績は凡庸なものだと思えます。
iPS細胞ではありませんが、似たような細胞で自分のクローンを生み出すということを書いているのが拙著「螺旋の肖像」です。20年前の作品です。自分の作品をとりあげて言うのもあれですが、はっきり言って、iPS細胞から各臓器の細胞を分化誘導するよりも個体そのものを作成する(つまりクローンを作成する)方が簡単だと思います。まあでもそれはそれで重大な倫理的問題がありますので実現化はしないと思いますが。で、iPS細胞で臨床応用として一番早いと期待されているのが、iPS細胞由来網膜色素上皮シートを使った加齢黄斑変性の治療です。来年には臨床応用が始まるものと思われます。このプロジェクトのリーダーである神戸理化学研究所のT先生は、京大でわたしと同期です。ポリクリも同じグループで、医師国試の勉強会も同じグループでやってました。元々眼科医ですから学生時代を含めて長い付き合いでよく知っているのです。なにがどうなって彼女がこのような役割をこなすようになったのかは非常に面白く、人の運命などわからないものだとつくづく感じ入ります。まあ何にも増して彼女の努力の賜物であったことには違いありませんが。で、このiPS細胞の加齢黄斑変性に対する臨床応用ですが、概略をきいた限りでは、結果がダメなのは明白のような気がしています。その旨をフェイスブックの京大同期グループのなかでT先生と論争しました。で、その論争を引き継ぐ形で、来春にあるセミクローズドの会で、T先生と実際に手術をする先生とわたし(3人とも京大同期なのです)で討論することになりました。ネガティブな討論ではなく、iPS細胞の臨床応用をより実用的なものにするための討論にしたいと思ってます。
このiPS細胞ノーベル賞受賞を追いかけるようにヒトの心筋での最初の臨床応用という大法螺吹きが現れました。読売新聞の大誤報です。一番の問題はこのような大新聞社が容易に騙されてしまうという現実にあります。読売新聞はもっと糾弾されるべきです。大法螺を吹いた当事者本人については放置が一番です。こういう輩は医学の世界には結構います。基礎の世界ですと実験の追試という形でその真偽が検証できることが多いですが(検証できないものもあり、それでも大した結果ではないので問題にされることはなく忘れ去られていく)、臨床になるとそれもなかなか難しいです。手術成績とかになると術者の技量の個人差などが考慮され、それこそ何が本当で何が嘘かわかりません。すばらしい成績の新しい手術法!というのをどれだけ目にしたことか!で、実際に追試ですばらしいことがわかって流布していった手術のなんと少ないことか(笑)。臨床医学の世界は魑魅魍魎の世界です(笑)。大法螺吹きさんは、医学の世界は離れて、小説でも書いてはいかがでしょうか?医学の世界では大法螺でも、小説の世界ではその大法螺は名作になるかもしれません。ハードSFを書いて、来春締め切りのハヤカワSFコンテストに応募するのもいいような気がします。あれだけ嘘の論文をきっちりと書けるのですから素養はあるはずです(笑)。わたしは以前書いたように、再生医療にはネガティブで、これとタイムマシンとシュタゲとまどマギと東方とミクとウィトゲンシュタインとiPS細胞を混ぜた2次創作ではない、オリジナルの小説を書いて、大法螺吹きさんに倣って、ハヤカワSFコンテストにても応募しようかなと思ってます。なにせこのコンテスト、「応募資格は不問」ということです。

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