2016年2月22日月曜日

7周年

新しい猫。その名は「モチ」。雄のトラ猫です。もうすぐ1歳。

 今日は2月22日。つまり、猫の日です。つまりこの創作実験室が創設されてから7年経ったということです。
それだけのことです。
糞みたいなことです。

とここまでは昨年といっしょ。
今年は新たな猫がうちに加わりました。
要は捨て猫です。なぜかうちの前に意図的に捨てられた感じがします。
仕方なく拾って、大事に育ててます。
オス猫で、幼いので暴れます。
先住猫のノルウェージャンフォレストキャットの「ヒメ」をいじめます。
困ったものです。
いつか二匹が仲良くなることを祈って、今回の投稿はここまで。

2016年2月7日日曜日

小保方晴子「あの日」を読んだ

 真実を歪めたのは誰だ?STAP騒動の真相、生命科学界の内幕、業火に焼かれる人間の内面を綴った衝撃の手記
(「Book」データベースより)

 kindleで簡単に購入できたので読んだ。しかし、値段が紙と同じとはええかげんにせえよと言いたい。出版社ボロ儲けではないか。本当に多くの人に本を読んで欲しいと思うなら電子書籍で安い良書を沢山出せばいいことなのに、利益ばかり追求して、本当にまあなんというか・・・。この本もkindle版がなければ読んでいません。
その前にいちおう言っておくが、須田桃子氏「捏造の科学者」も出版された時に既に読んでいる。もちろん、これもkindleで。
小保方さんの本の内容は、今北産業で要約するなら
若山氏が怪しい。
須田さんをはじめとするマスコミはひどい。
自分は情けない限り。
となるような気がするが、そんな簡単なものでもない。 この本を読んでひとつわかったことは、小保方さんが今回の実験をすべてを掌握しているわけではなく、特にキメラマウスの制作はほぼすべて若山氏がとり行なったもので非常にナイーブ(成功率が低い、極めてテクニカルなものである)な実験であるということである。であるからこのキメラマウスの再現には若山氏はなくてはならない存在なのだが、再現実験に携わることは若山氏から拒否されているという現実があったということだ。
また、小保方さん自身はOCT4陽性を示す細胞をSTAP細胞と解釈し、それが「STAP細胞はありまーーす」に結びついているようなのだが、そしてこのOCT4陽性細胞が存在したのは事実なのであるが、それがTCR再構成やキメラマウスに至ることを再現できなかったことが最大の瑕疵となったわけである(それまでに実験データや博士論文での様々な捏造じみた瑕疵が沢山あり、それらが積もり積もって大きな疑惑へと至ったのであるが)。
この本に書かれていることがすべて真実だとはとうてい思えない。悪の烙印を押された若山氏や須田さんはこれから大変だなと同情してしまう。アマゾンレビューでもこの本を高評価する意見が多く、逆に否定する意見は少ない。多くの人が小保方さんを再評価しているような、そこまではいかなくても、これまでの全否定的な感想からもうちょっと好意的な感想へとシフトしたような気がする。
この本を小保方さんがひとりで執筆したなら小保方さんの物書きとしての実力はたいしたものである。構成といい、文章の細部といい、素晴らしい。どうみてもプロの物書き、それもノンフィクションを書き慣れている人、あるいは雑誌記者が書いたものと思われる。笹井氏が死んだことに言及した文章(笹井先生がお隠れになった・・・・)だけは、小保方さんが書いたものかもしれない。それはあまりに滑稽な修飾をまとった稚拙な文章だから(と思った)。
「あの日」に書かれていることが真実なのか、「捏造の科学者」に書かれていることが真実なのか、 それはわたしにはわからない。ただ、基礎医学および生物学の実験結果とは非常に微妙なもので、再現性が低いものも多く(現にiPS細胞でさえ当初の発現率は4%に過ぎなかった)、再現できなくてもそれは瑕疵にならないという不文律のようなものがあったような気がするし、その盲点をついて、画期的な実験結果を発表する輩もかなりいるような気がする。いうなれば生物を対象とする学問はいい加減なのである。それは生物の特徴でもあり仕方ないことのように思う。だから、臨床医学をはじめ生物対象の学問では、結局統計学に頼らざるをえなくなる。
読了後、この事件の責任をすべて小保方さんにおしつけるのはやはり無理があるように思えた。小保方さんひとりに翻弄されるほど笹井氏も若山氏もその他理研の研究者たちもバカではない。それぞれの思惑があって、それが思いもしない方向へと暴走していき、このような事件に至ってしまったような気がする。少なくとも彼ら彼女らは、自分たちが捏造記事を確信犯的に書いてもいっさい認めず謝ることさえしない捏造マスコミ記者たちよりは何千万倍も真実というものに対して真摯であると思う。かと言って、そんな捏造マスコミが真実を暴くこともあるからそれはそれで貴重な存在であることには違いない。
そんな馬鹿マスコミはiPSに対しては絶賛の記事しか書かない。
馬鹿じゃねえの・・・。
iPS細胞由来網膜色素上皮細胞シート移植第一例目が大成功!だって。
馬鹿じゃねえの・・・・。
iPSの合併症が出なかったことが証明された!
そりゃそうだけどそのための人体実験(もちろん安全性の高い)に過ぎないじゃん。
視機能は改善したのか?するわけねえだろうが・・・馬鹿じゃねえの・・・。
以前、iPS細胞由来網膜色素上皮細胞移植に関して否定的な文章をupしたところ推進派からクレームをいただいた。自分たちのやることに自信があるならこんなチンケなブログの文章ぐらいにいちいち反応するなボケ!と思ったが、教えられた2chの生物板をみるとそこにはこの移植プロジェクトに関する有象無象の罵詈雑言が書かれておりまさに「やれやれ」状態であった。であるからわたしはそんなものの一員になりたくなかったので推進派のクレームに応える形でupした文章を削除した。推進派が正しいのか否定派が正しいのかはわからない。わたしは否定派で、それは確信に近いものがあるが、科学的な根拠はない。ただ、全体主義的な感じで、iPSバンザイというマスコミの姿には気持ち悪いものを感じるし、それをうまく利用している推進派にもいかがわしさを感じる。そして、いつiPSが次のSTAP細胞になって、マスゴミによって奈落の底に落とされるか、その時はわたしはiPSの応援をしたいと思う。これは単なる天邪鬼にすぎないし、それがわたしの本質なのかもしれない。



2016年1月31日日曜日

モナドと多崎つくる

 筒井康隆氏が昨年後半に発表した「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長編」と謳った作品。

年始の暇な時に、ふたつの小説を読んだ。
ひとつは筒井康隆氏の「モナドの領域」で、もうひとつは村上春樹氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。
「モナドの領域」は新潮編集長矢野さん絶賛の作品でその惹句も凄いのでこれを読まずしてどうしようという感じでわざわざ書店までいって購入した。ただ、この書店(いわゆる大型チェーン書店)にいった際に、文芸書の棚の少なさと反対にラノベの豊富さに唖然としてしまった。今やラノベの方が多数派なのである。
で、多崎つくるはkindleで購入できるようになったのでついつい購入してしまった。わざわざ書店まで行く必要がないのでkindleはとても便利だし、本棚の場所も占拠しないし、紙も使わないので地球環境にも優しい(笑)。
まずは「モナドの領域」。確かに筒井康隆氏のこれまでの作品の総集編という感じがしないでもない。過去の様々な作品の断片を見つけることができ、これは筒井康隆マニアにはたまらないような気がする。わたしは筒井氏のファンだが、マニアではない。そんなわたしでもわかるのでマニアにはたまらないであろうことは容易に想像できる。ただ、話の中頃あたりから語り始められる唯野教授的な内容はわたしには退屈で仕方なかった。でもそれが終わると最後まではさすが筒井康隆!といわんばかりの構成で感心したし、読了後には満足感を得られた。正確には長編ではなく、中編である。筒井氏の最高傑作かというとちょっと疑問符が付く。なぜなら実験小説家としての筒井康隆氏を賞賛するわたしとしては筒井氏の最後の最高傑作はとんでもない実験小説であると思うからである。わたしが読んだ限りでは「モナドの領域」には実験的な要素は少なかったように思う。そんなことはないのかもしれないがそうならそれはわたしに読む力がなかっただけのことかもしれない。わたしには「モナドの領域」は筒井氏の遺書代わりの総まとめのようなものに思え、それでも今後はとんでもない実験的短編を発表して、読者の度肝を抜いてくれるのであろうことを期待している。
で、多崎つくるは、滅茶苦茶面白かった。というかとても上手い、超絶に上手い小説だなあといつもながら村上春樹氏の作品を読む度に感じるものを今回も感じた。わたしは村上春樹氏のファンではないが、どちらかというと好きな作家であり、新作が発表されるとすぐに購入して読むということは決してないが、5年から10年後くらいに密やかに読むということを常としている。「風の歌を聴け」では、文中のTシャツの絵にちょっとびっくりしてこれいいなあと思ったが、「ノルウェーの森」の食事の描写の多さには辟易したし、かといって「神の子どもたちはみな踊る」は超絶上手いと思い、自分が少しでもこんなに上手く書けるようになればなと思ったがそうなると自分の価値なんて無になるし、そういうふうに思って作家を目指す村上春樹モドキ小説家志望者どもと同じ穴のムジナになってしまうと自戒したりもしたが、「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んでランナー村上春樹氏には足元にも及べないわと感嘆したりもした。
多崎つくるがあまりにも面白かったので、興味本位にアマゾンレビューなどを読んだが、結論がないとか有耶無耶しているとかで否定的な人が結構いて、びっくりした。なんとなく推理もの仕立ても構成だから推理小説好きの人が読むとその結論のなさに憤慨してしまうのかもしれないが、結論(というのはすべて凡庸であるとわたしは思っている)を期待する人は推理小説を読めばいいのであって村上作品など手にするのは大間違いなのである。村上春樹氏の作品は解釈を読者に委ねるのであって、読者が読者なりに考えなければいけない。そこがいいとこなんだろうと思うし、そうだからわたしは村上春樹氏がどちらかというと好きなのであるし、推理小説とかサスペンスとかそういった類のものにあまり興味がないのもそういうところからかもしれない。
ということで、なんとか1月に更新できました。乙!

2015年12月20日日曜日

2015年ベストワン



 村上隆の五百羅漢図展(森美術館にて2015/10/31--2016/3/6) 
日本中の美術大学から大勢のスタッフを集め、200人を超えるスタッフとともに、
全長100メートルに及ぶ巨大絵画が短時間で一気に完成させられた。
中国の古代思想で東西南北を司る四神(青竜(せいりゅう)、白虎(びゃっこ)、朱雀(すざく)、玄武(げんぶ)) の名を冠した4面で構成される本作は、
宗教と芸術、人間の死や限界をテーマとし、村上の新たな創作の境地を示す記念碑的な作品といえる。

 恒例のベストワンです。
といっても今年は本業の医師としての仕事で大きなプロジェクトの任に着いたため、そちらの方に主に関心が向かってしまい、どうも趣味方面への取り組みがおざなりになったというのが現実でした。それでもガンと来る素晴らしい作品に出会えればそれは確としたものとしてわたしの記憶に残ったはずなのですが、そういうものがあまりなかったような・・・。
ベビメタも新年のキツネ祭りには参戦できましたが、以降の公演はどれも落選で、なんとかサマソニには駆けつけることができただけで、先日の横浜アリーナにも結局参戦できませんでした。来年は、4月1日にニューアルバム全世界一斉発売とともに2日に英国ウェンブリー・アリーナでの単独公演から世界ツアーが始まり、締めは東京ドームということですからなんとか東京ドームには参戦したいと思っていますが、抽選にあたるかどうか・・・。人気が出すぎるのも考えものです。
そういえば大森望さんがベビメタの横浜アリーナ公演に初参戦して、その感想をツイートしていたのですが、それほど関心なさそうで、それはおっさんドルオタとしての大森さんとしてはあり得べき姿勢だと思いました。どうもベビメタのメイトもどんどんとドルオタはいなくなっているようで、それに代わって、ライトなロックファンがついてきているようです。
わたしはドルオタは糞と思っているので、それはいい傾向だと思っています。社会が成熟してくるとアイドルというのは駆逐されるべき対象だと思っており、AKBとかジャニーズとかエグザイルとか糞みたいなやつらははやくみんな死んでしまえばいいのにと思っています。
あーでも、一部のコアな人たちは残ったほうがいいのかも。ドルオタってディープな濃い人達が多いのでそれはそれで創造性のあるものではあるのです。芥川賞で、漫才師と普通の人がダブル受賞したのですが、一見して普通の人である羽田さんの方が異常な人であることがわかり、漫才師の人はあまりに常識的な凡庸な人であることがわかって、なにかひとり納得してしまった(何を納得したのかはひとまず伏せておきましょう)のですが、芥川賞というのは文芸の世界で唯一残された最大公約数的平凡界との接点であるがゆえにそれはそれでよい選択であったと思われます。
ということで本に関しては取り上げるべきものはなし。
映画もなし。
糞映画は結構取り上げたのでこれ以上はなし。
音楽もベビメタ以上のものはなし。で、ベビメタも今年特にというものもなし。
あーーーあっ、今年のベストワンはなにもないで終わるかなと思っていたところ、年末に行った村上隆氏の五百羅漢図展で度肝を抜かれました。
ドバイかどこかで初めてお披露目され、その凄さの噂は聞いていたのですが、ここまで凄いとは・・・。
ということで、文句無しに今年のベストワンは村上隆氏の五百羅漢図となりました。
来年3月まで開催されていますので、未見の方はぜひ!見に行くべし!



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2015年11月23日月曜日

機内映画

「萌の朱雀」「殯の森」などの河瀬直美監督が樹木希林を主演に迎え、
元ハンセン病患者の老女が尊厳を失わず生きようとする姿を丁寧に紡ぐ人間ドラマ。
樹木が演じるおいしい粒あんを作る謎多き女性と、
どら焼き店の店主や店を訪れる女子中学生の人間模様が描かれる。

米国眼科アカデミーの学会に参加するためにラスヴェガスまで行ってきました。
で、往復の飛行機のなかで、計5本の映画を観ました。
「ミッション・インポッシブル(最新作)」
「ターミネーター(最新作)」
「アントマン」
「攻殻機動隊(最新作)」
「あん」
以上の5作品です。
(最新作)としたのは、細かい作品名を書くのが面倒だったのであしからずww
で、わたしが面白かった順に並べると
「あん」>「MI」>「ターミネーター」>>「攻殻」>>「アントマン」
となりました。
邦画の「あん」が一番面白かったのですが、かといって絶賛できるほどに面白かったわけではありません。期待していなかった分、存外に面白かったという程度です。
「ミッション・インポッシブル」と「ターミネーター」は、まあこんなもんかなあとおそらく1ヶ月後にはその内容は忘れてしまっていると思います。ただし、観ている最中にはそれほど退屈はしませんでした。ですが、感銘を受けるといったほどのものでもなし。よくできている作品ですが、それだけです。反対に「あん」はいろいろと瑕疵はあるのですが、それでも記憶に残っていく作品だと思います。ハンセン病への焦点の当て方にどうもわたしは違和感を感じたので納得いかない点が多々あったのですが、まあよしとしましょう。
「アントマン」は観ていて途中眠くなってしまいましたがまあなんとか最後まで観れました。まあ退屈な作品には違いありません。
「攻殻機動隊」は、かなり期待していたので、その期待はずれっぷりがあまりに大きくてがっかり・・・でした。
どうもこの「攻殻機動隊」の世界観にはわたしはついていけそうにありません。
いずれにしてもこの5作品が「ガッチャマン」や「進撃の巨人」よりは面白かったのは言うまでもありませんwww
そういえば「進撃の巨人」も機内の映画リストにありましたが勿論観ることはありませんでした。


2015年10月31日土曜日

駄作の系譜2


 『ガッチャマン』 (GATCHAMAN) は、2013年8月24日に公開された日本映画。
制作は日活、配給は東宝が担当した。キャッチコピーは「その力は、正義か、破壊か―」。

WOWOWで録画しておいた「ガッチャマン」(実写版)を観ました。
トホホな内容でした。
「進撃の巨人」と同程度のトホホでした。
これらと同じようなトホホという例を挙げるなら「キャシャーン(実写版)」でしょうか?「デビルマン」はトホホにも到達していませんでした。まさに唾棄すべき、というかそこまでなんらかの感情が湧くものでなく、何もなかったことにしてそっと記憶の中から抹消するものというのが「デビルマン(実写版)」でしょう。
ですから「デビルマン」よりは、「ガッチャマン」はましといえばましなのですが、まあ目糞鼻糞の世界です。
やはりSFの実写版を日本人が演じてはダメということなのでしょうか?
スターウォーズを日本人が演じたらとても鑑賞には耐えられないのかもしれません。
でも「アキラ」の実写版なら日本人が演じるべきでしょう。唯一の残された場所はそこしかないのかも。
学会の合間に「サイボーグ009VSデビルマン」(アニメ)を観ました。
トホホな内容でした。
観る前から嫌な予感はしてましたが、まあ、仕方ないか・・・・。
なにがどうしてサイボーグ009とデビルマンが戦うのか・・・。まさにトホホですよ。
おまけに30分構成で3話をまとめているようで、オープニングとエンディングを3回も観せられるとは・・・・トホホです。やる気あんのかと・・・いやまあそこまで言いませんが、まあトホホです。
デビルマンは原作の素晴らしさに比べ、その後の映画版は最悪なものばかりです。
まさに何かに呪われているような・・・・永井豪さんももうちょっと映画やアニメにするのも気をつけた方がいいのではないでしょうか。これでは原作のファンも呆れるばかりです。


邦画3大駄作のうち、「北京原人」はトホホな感じですが、あまりにトホホすぎてちょっとだけ突き抜けています。
「シベリア超特急」はあまりに突き抜けており、これはある意味で超傑作です。そこまでバカバカしいです。
「幻の湖」も突き抜けまくっています。琵琶湖雄琴のソープランドから物語は始まって、浅井長政と織田信長にまで戻って、最後は宇宙にまで突き抜けます。バカバカしさここに極めりといった感じで超絶な作品です。
「進撃の巨人」「ガッチャマン」にはそこまでの破壊力はありません。
ただただトホホなだけでした。トホホ・・・。
あーーなんとか10月更新できました。トホホ・・・。

2015年9月24日木曜日

駄作の系譜


2015年、前後篇2部作にて公開された。PG12指定。
8月1日に公開された前篇タイトルは『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』。
9月19日に公開された後篇タイトルは『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』。
監督は樋口真嗣。脚本は映画評論家の町山智浩と渡辺雄介が共同担当した。

邦画における3大駄作というのがありまして、まあ色々と意見があって衆目の一致をみることはないのですが、わたし的には、「シベリア超特急」「幻の湖」「北京原人」をあげたいと思います。
「デビルマン」(実写版)は、映画という大衆娯楽に必要最低限のレベルにすら達していなかったので、駄作にはなりえません。同じ意味で、「宇宙戦艦ヤマト」(実写版)も映画ですらないというのがわたしの率直な感想です。
近年公開された「ガッチャマン」「ルパン三世」は未見ですので、ここでは論評しません。でもおそらく映画ですらないような気がします。
どうも思うに、最近の邦画、それもアニメや漫画原作の実写版映画って糞ばっかりではないでしょうかwww
糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞!!!!!!
この糞映画の系譜に新たな作品がエントリーされました。
そうです、「進撃の巨人」(実写版)ですwww
前編からネットでは悪評だらけでしたが、実はわたしはこの前編はある程度には評価しているのです。どこを評価しているかというと巨人がかなりリアリティがあり、人間もきちんと食っていたその描き方が素晴らしいと思いました。残酷さを気にして変に当たり障りのない食い方になるのを毅然と拒否して、リアルに残酷な感じに巨人は人間を食っていました。まあこの点だけでも認めようと思い、わたし的には「そんなに悪い作品ではないよ」と思っていました。脚本は最悪でしたが、とにかく巨人の造形は想像以上によかったのです。で、後編ではどんな展開になるのかちょっとwktkで、ちょっとだけですが期待もしていました。
で、後編。
これはまあ映画ですらないレベルにきれいに収まってました。
まさに糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞!!!!の嵐でした。
途中でこんなつまらないものをお金を出してみている自分が情けなくなりました。
ですからエンドクレジットが始まるとすぐにそそくさと映画館を後にしたのですが、このエンドクレジットの後に、オチのようなシーンが用意されていたということですが、もうそんなものどうでもいい感じではあります。
昔観た「サンダ対ガイラ」の方が1万倍、いや一億倍面白かったですwwww
樋口監督の「ガメラ大怪獣空中決戦」は、邦画の怪獣映画を救うまさに傑作でした。
でもこれも細部をみるとずさんな部分があるんですけど・・・。でも、まあガメラは素晴らしかったのです(2作目、3作目はダメですが・・・)。
そんな樋口監督がこんな超駄作をつくるとはどういうことなんでしょう。
町山智浩さんの様々な話を総合するとどうも原作者やプロデューサー、脚本家等が様々にスレ違い、間違った方向へ向かってしまい、誰もが責任をとらずに間違ったままに映画製作をすすんでしまったという感じです。
まさに新国立競技場と同じような感じですwww
まあ新国立競技場は最後にやり直しとなってなんとか良い方向に舵取りされる可能性はありますが。
この邦画の駄作のオンパレードは、考えるに、邦画界の構造的問題なのかもしれません。
いわゆる仲良しクラブ的なのりに支配されてしまっている。
ほんと、俳優も監督も脚本家もプロデューサーも照明さんもスクリプターさんもみんな仲良しでお互いの悪口なんて言わない感じだし。日本アカデミー賞なんてほんと内輪だけの賞でハタからみていると「あんたらだけで勝手にやってろwww」という感じを抱くだけです。この仲良しクラブに鉄槌を打ち下ろしてくれるのが庵野だといいのですが・・・。
「シン・ゴジラ」にはどうしても期待したいのです。だから庵野ががんばって、樋口さんをちょっと抑えつけておいてほしいのです。
でも「シン・ゴジラ」ってタイトルだけでかなり心配なのですがwwww
大丈夫か・・・邦画。