2022年1月30日日曜日

オミクロン狂騒

 


 オミクロン株とは、2021年11月24日に南アフリカから報告された新型コロナウイルス変異株の1種。WHOはこのB.1.1.529系統の変異株を11月26日に「懸念される変異株 (Variant of Concern; VOC)」と位置づけ、ギリシャ文字順に「オミクロン」と名付けた。

オミクロンの感染拡大でまさに「やれやれ」である。

以前から言っているように感染者数で評価するととんでもないことになるのである。重症者、死者は殆ど増えていない。それでも感染者数増大を見て、そしてマスコミはそれを煽って、世の中の多くの人が怖れているのである。

しかも、濃厚接触者という糞みたいな設定が出てきてこれにより多くの人が自宅待機等を迫られ、仕事に従事できなくなり社会活動が停滞せざるを得ない状況になっている。

私の病院でも小学生や中学生の子供のいる看護師や他の医療従事者は学校での子供のpcr陽性児童の出現により濃厚接触者扱いになり休まざるを得なくなっており、病院業務にも支障が出始めている。まさに困ったものである。

で、現在、コロナウイルスは上記の「新型コロナウイルス感染症」の範疇に入れられている。2類ではないのである。上の表を見て貰えばわかるのであるが、2類であれば濃厚接触者という設定はないのである。そう、つまり現在の枠組みは2類よりも厳しい最悪なものなのである。しかし、オミクロンウイルスは感染力は高いもののその毒性は低く弱毒化しており重症例も少ない。いわゆるただのコロナ風邪なのである。それを未だに「新型コロナウイルス感染症」枠にはめ込んで対応している。

まさに最悪の対応方法である。

5類に引き下げれば容易に解決できる問題であり、以前に比べてより多くの医師が5類引き下げを提案しているが、政府の感染症分科会はそれをしようとはしない。本当に困ったものである。もっと困ったものなのが、この政府の姿勢を支持する愚民が多いということである。

おそらくオミクロンウイルスの感染は2月中には収束すると思われるが、ともかくこのコロナウイルス感染症枠を撤廃し、5類に引き下げしておかないと今後も同じことが永遠と繰り返されることになる。コロナウイルスの感染は今後も引き続き繰り返されることは確実であり、それに対する対応はこれまでのコロナウイルスに対する対応(つまり2019年以前)で十分であったはずだ。

はっきりいうと、これは新型コロナウイルスによる感染禍ではなく、pcrという検査により感染が可視化されたことによる検査禍、つまり人災に他ならない。これまでも何度も書いているが、まさに自家中毒禍なのである。この自家中毒から脱するのはそれを自覚することしかない。そして自覚するためにはこの自家中毒により多大な自己被害を被ることでありそれが皆に遍く広まることである。現時点でそれに気づき始めた人が増えてきてはいるがまだまだである。もう2−3回、今年中に同じような状況になったらもう皆が我慢できなくなるだろう。それにしても日本国民の我慢強さには辟易するばかりである。これではこの国で革命なんて起こることは絶対ないだろうな。今まではそれがこの国のいいところだと思ってきたが、やはりこれではダメなような気がしてきた。私が生きている間に革命みたいなものが起こればこの国は安泰だと思うが、そうでないなら静かにこの国は衰退していき死滅していくのだと思う。それでもいいのかもしれない。なんとなく美しい気もする。


2021年12月31日金曜日

2021年ベスト1

 

恒例のベスト1であるが、今年は糞コロナ禍のおかげで映画を観に行く機会も減り、ゴジラvsキングコングや砂の惑星などを見逃した。小説も未だに三体全編を読破していない。

ということで今年のベスト1は、この糞コロナ禍の中でも孤軍奮闘して反コロナの作品を出し続けた漫画家小林よしのりにしようと思ったが、おそらく彼の業績は数年後に評価されるはずであるからここでわたしが評価する必要はないと思い、スルーして、敢えて今年は上記の鉄道旅行系ユーチューバー、スーツくんの大作 

【中山道の旅】自転車で行く 東京→京都 12日間

にする。 全15作で各動画は1時間から2時間の長さであるから本当に大作である。そして、その中身も充実している。

昨年は東海道の旅を自転車でしておりこれももちろん大作で大好評であった。それに続くのがこの中山道の旅である。

年末年始で暇な方はぜひこの大作を見てほしい。

2021年11月30日火曜日

オミクロン株見参!

オミクロンと命名された新たなコロナウィルスの株が見つかった。

おそらく感染力は強いかもしれないが、毒性は弱いと思われる。それがウィルスの変異の通常過程であるからである。

今は出てきたばかりで大騒ぎになっているが、まさに、やれやれ。。。。である。

おそらくすぐに普通の風邪ウィルスとして忘れ去られるであろう。

ワクチン接種率の高い国ほど感染者が増えている。例えば欧米。

ワクチン接種率が低い国ほど 感染者は収束している。例えばインドネシア、フィリピン、バングラデシュ、パキスタン、インドなど。

日本だけがおかしい。ワクチン接種率が高いのに感染は収束している。

日本とgeneticなバックグランドも等しい韓国で、ワクチン接種率も高い韓国でなぜか感染が増えている。と言っても欧米の感染者の十分の1であるが。

日本だけがおかしい。

そしてその理由は今のところ誰もわかっていないようだ。

あっ、そういやスウェーデンもワクチン接種率は高いが、感染は収束しているが、最近は若干増加気味ではある。スウェーデンは緩やかな規制で集団免疫を目指した国であり、それが奏功したようである。その意味ではインドも然り、ブラジルも然りである。となると日本もそれほど厳格なロックダウンはしていないので集団免疫が得られたのかもしれない。私が心から信頼できる医師グループはそういう結論に達してコロナ禍の収束を予想している。そんな話聞いたことないよと言われる人が多いと思われるが、真っ当な医師たちの意見はマスコミからは無視されるのである。代わって、こびナビとかいう糞イクラの糞医者たちが脚光を浴びているのである。コロナ禍が収束し、ワクチンの薬害が炙り出されてきた暁には、このこびナビの糞医者たちを糾弾することだけは忘れてはいけない。絶対に!

 

2021年10月31日日曜日

コロナ禍の終焉?

 


 新型コロナウィルスの感染者が激減した。

そしてその激減した確たる理由を誰もわかっていない。

おそらくこれのみが真実であり、激減のいろいろな理由もしくは解釈は放置しておくのが一番であろう。エビデンスに基づいて理由を推測するというのもあくまで推測にしか過ぎず、エビデンスというものがそもそもいかがわしいものであるということが皆よくわかったと思う。一流ジャーナルにアクセプトされた論文が正しいかというとそんなことは絶対にないし、本庶先生が言っていたようにネイチャーサイエンスクラスでもその90%以上の論文は10年後にはなかったものとして忘れ去られていくのである。

コビナビという、クソみたいな若手および中堅医者の言うことなど無視するのが一番である。知念実希人という小説家(ミステリー小説?)兼医師(といっても父親の開業医院を週一回手伝う程度の医者)がクソみたいなことを喚いているが、こいつ今後大丈夫かと言いたくなる。せっかくの小説の価値が、こんなコロナのことである一定層から否定される(小説的価値からではなく)のはある意味可哀想である。 わたしは何年か前にかれの作品を読んだが特に感想はなかった。これはわたしが単に推理小説分野にほぼ関心がないことから来ている。小栗虫太郎などの昔の本格派や京大推理小説研出(綾辻行人ら)の新本格派という作家たちのものも苦手であるわたしに推理小説を語る資格がないのは明らかである。

話がそれてしまったが、で、これでコロナは収束して新たな第六波は来ることなしに世の中からコロナ禍は消滅してしまうのであろうかということであるが、それはわからない。海外の状況をみている限りでは日本も同じように感染者のぶり返しが来てもおかしくない。そして、それはワクチン接種者間でのものである。しかも、おそらく重症者死者が増えるのならそれはワクチン接種者においてのみ増えるのであろう。もちろんこれに確たる根拠はないが海外の状況をみるかぎりではそうなるような気がする。

岡田斗司夫が面白いことを言っていた。コロナ禍は戦争と同じであると。今は戦時下にあるのと同じなんだと。戦場で実際に死ぬ人数よりもその影響で死ぬ一般市民の数の方がずっと多いのと同様にコロナ禍でも実際にコロナ感染で死ぬ人数よりも経済の失速等で死ぬ人の方がずっと多いということ。第二次大戦時と同じように、隣組のようなものが形成され、コロナ感染者を密告し、またワクチン非接種者を差別するようになっている。「欲しがりません勝つまでは」と同様に利他的な価値観をワクチン接種に求めている。まさに戦時下である。現在、まさにコロナ脳で、コロナ感染者を忌み嫌い、皆で感染しないようにとマスク着用や手荒励行に神経を研ぎ澄まし、子供にまでワクチンを絶対推奨して自分は世の中のために正義を実行しているまでだと固く信じている人はもう一度自分の姿を客観的に眺めてほしい。あなたの姿は第二次大戦の時のあの大日本帝国軍と大日本帝国人民の姿に他ならないのではないか。ナチスドイツでのナチスとドイツ国民の姿に他ならないのではないかと。

とにかくわたしはこれでコロナ禍が収束することを切に望む。

ワクチンがとんでもない副作用が今後明らかになることは望まない。軽微な副反応だけにとどまることを望む。

しかし、自分が望んだように世の中はなかなかすすまないというのも現実である。

2021年9月29日水曜日

新型コロナのいろいろ(続)

 


上の日本の感染者数のグラフとインドネシアのものを見比べてほしい。

似たような波を示している。第5波であるデルタ株は収束してきている。

その原因としてはワクチン接種の普及があげられるが、日本とインドネシアのワクチン接種率を比較するとこれだけ違うのにデルタ株の収束曲線は同じということでワクチンがどこまで感染収束に寄与しているのかは疑問符が付く。高齢者の死者が激減したということにはワクチンは大いなる寄与をしていると思われるが、感染そのもの自体にはどこまで寄与しているかは疑わしい。いや、そもそも高齢者の死者激減も単にデルタ株が弱毒化したためという見方もできる。


 
上のグラフはこれまでのコロナ感染の波と各株の移り変わりと同期していることを示唆するものである。つまり、これまでの1波から5波までの波の浮き沈みは人流抑制の効果うんぬんではなく、単にコロナの株が変化したことによるもので人間の活動(マスク着用、宴会、コンサート、オリンピック等)とはほぼ関係がないことを示唆している。まさにコロナの勝手なのである。それなのに人力でなんとかコロナをコントロールできると考え、糞しょうもない人流抑制を唱えてきた政府分科会の愚かしさよ!
 
 


上のグラフはワクチン接種が致死率を下げるものはないということを示唆するものであるが、確かに全年齢で計算するとそのようになるようであるが、高齢者だけをみるとやはりワクチンは致死率を確実に下げているように思う。だから高齢者やリスクの高い人達(呼吸疾患持ち、糖尿病持ち、BMI30以上等)にはワクチン接種をすすめる。だが、10代20代の若者にワクチン接種をすすめる理由が上の表を見る限りはない!

反ワクチン信者がリスクある人たちにも「ワクチンをするな!」というのは理解できないし、ワクチン信者がリスクがまったくない10代20代の健常者に「ワクチンをせよ!」というのも理解できない。とにかく一番の困ったちゃんは、「コロナは怖い、ワクチンも怖い」という輩で、この人達と付き合っていくといつまでたっても普通の日常は戻ってこない。永久にロックダウンを続け、ひきこもっていなければいけない。また、「コロナは怖いがワクチンは怖くない」といってやたらと見境もなくワクチン接種を奨める輩も困ったものではある。こいつらのおかげでワクチンパスポートなるものが法制化されたならまさに統制社会そのもので1984の社会が現実化することになる。社会のために、他人のためにワクチンを打ちましょう!なんていう文言で接種を啓蒙する偽善者に騙されてはいけない。「コロナは怖くないが、ワクチンは怖い」という輩はワクチン接種をしなければいいだけのことである。ただ反ワクチン運動だけはしないでほしい。ワクチン接種をするもしないも各人の勝手である。「コロナは怖くないし、ワクチンも怖くない」というのがわたし的には一番まともな人たちである。このような人たちは自分自身の健康状態そしてワクチンの各株の致死率等を考慮して、ワクチン接種をするかしないか決定すればよい。これが一番理性的であると思う。このような人たちは決して他人にどうこうせよと強制することはないと思う。

まあなんやかんや言っても、人間それぞれいろいろであり、その価値観をお互いに認めていかなくてはいけない。自分とは相容れないと思ってもそれは仕方がない。ある価値観で意見が合わなくても他の価値観では同意見であるということはよくあることである。コロナやワクチンだけの価値観だけでお互いが歪み合うことがいかに矮小なことかだけは肝に念じておこう。所詮コロナもワクチンもその程度のものである。でもおそらくこう言えるのは、「コロナもワクチンも怖くない」という価値観のわたしのような人たちだけなのかもしれない。

2021年8月30日月曜日

新型コロナのいろいろ

 新型コロナワクチンは神か悪魔か?

 

 書きたいことがないので仕方無しにコロナのことを書こうと思う。

最近話題になっている二人の開業医、長尾先生と倉持仁先生。お二人共に開業医でありながらコロナ医療の最前線で診療をなされている。それはなににおいても素晴らしいことであり、心から応援したいと思う。ただ同じように戦っているお二人のその姿勢は若干違うようである。どちらもイベルメクチンを勧めているようで、特に長尾先生はイベルメクチンをものすごく推している。倉持先生はイベルメクチンよりもレムデシビルの方を推している感じではあるが、イベルメクチンも処方なされている。一方で、このイベルメクチンに関してはこれがコロナ治療に有効であると証明する報告がないことからその使用に疑問符を投げつける医師が多いのも確かである。特に海外在住の日本人医師や大学関係者に多いようである。わたしは現時点ではイベルメクチンの有効性をいくらRCTで検証しても有意差はでないと思っている。それはそもそもコロナ感染者の多くが何も治療しなくても治るからである。であるから初期にイベルメクチンを投与すれば治るといってもなかなかそこに統計的有意差を認めるのは難しいだろうなと思う。だからといって多くの開業医の先生がその診療で感じた、これは効いているのではないかという感覚を否定する気もない。このイベルメクチンは投与量を間違えなければ副作用はほとんどないようだし、そもそも錠剤で飲みやすいし、薬価も100円単位のもので安い。だからEBMがなくても使用してみるのを頭ごなしに否定する気にはなれない。レムデシビルは静注つまり点滴をしなくてはならず、薬価も25万円という高価なものであるのでイベルメクチンよりはその使用に慎重になるべきである。で、長尾先生と倉持先生が異なるのは、新型コロナを現在のままの2類相当(正確には新型インフルエンザ感染症等相当)にしておくか、それとも5類へと移行させるかという点である。長尾先生は5類移行を唱え、倉持先生は現在のままを望んでいる。わたしはどう考えても5類移行すべきだと思う。現状は2類相当のため保健所が介入してくるし、そのため保健所もてんやわんやで、その処理能力は破綻してしまっているようだ。保健所のためにも5類移行にして、すべての開業医が新型コロナ患者をみるようにしむけるべきである。2類相当でも開業医は長尾先生や倉持先生のようにコロナ患者を診ることはできるのであるが、多くの内科開業医は診ていない。呆れ果てたことに「発熱患者は受診しないでください」という張り紙を医院に出している開業医もいるらしい。まったく困ったものである。であるから5類へ移行して開業医が発熱患者を診るのは当たり前であるという情勢を作り出すことが大切である。それでも診ない開業医はいるかもしれないがそんなやつはこれから将来皆が受診拒否して廃業させるべきである。

医療の逼迫が叫ばれており、確かにコロナ患者を診る救急や呼吸器内科医は大変そうではある。病床の不足が言われているが、実は日本の病院の殆どの入院は不要不急のものである。入院する必要もないのに無理矢理に入院してもらっているというのが現状である。眼科でいうとある大学病院眼科は40床ほどのベッドがありそれをなんとか埋めるために通常は外来で日帰りで施行している硝子体注射を1泊入院で施行している。いやはや困ったものである。現実の日本の大病院の多くはなんとか入院ベッドを埋めるために不要不急の患者を無理やり入院させているのである。であるから今回のコロナ禍において、これら不要不急の患者たちをさっさと退院させ、あるいは入院させずに病床を空けることはいとも容易なことだと思うのだが、世の中はそのように動いていない。医療側は大変大変というばかりで、自分たちの歪んだ構造を自ら改革しようとはしていない。そもそも中小の民間病院が多くあり、そこには常勤医が少なく、非常勤ばかりで成り立っているというのは日本の大学医学部の医局講座制が元凶なのである。自分たちのバイト先病院を確保するためにそのような中小民間病院を支配下におき、おいしいところだけを吸い取るというまさに歪な構造がそこにある。だから大学の教授などはそういうことには言及しない。それを明らかにするとそれは医局講座制の崩壊になり、すなわちそれは自分のポジションを危うくすることになるからである。

であるからもしこのコロナ禍で緊急の野戦病院を設立し、医師やスタッフを集めるなら大学病院からそれは集めるべきである。大学病院には人はメチャクチャ余っている。研修医などはそういう非常時のためにこそ有効活用すべきである。大阪府は阪大の協力のもとそのような施設を作るそうで、そのあたりは他の都道府県は見習うべきである。阪大は協力姿勢を示したことで評価されるべきである。

また、コロナを扱う病院への補助金が少ないからもっと増やせというクソ意見があるが、はっきりいって政府・自治体からの医療者への補助金は莫大なものである。ワクチン接種だけで数千万円稼いだ開業医や研修医がいる。うちの病院も積極的にコロナ患者を受け入れており、その補助金は有に億を超えるもので、病院経営にとってはありがたいものとなっている。 

なにか長文になったがそろそろおしまいにする。ワクチンを接種するべきかどうかはもう少し様子をみたほうがいいと思う。イスラエルが国家をあげた壮大な人体実験をやってくれており、その結果を粛々とみて、そして判断すればよい。少なくともワクチンは当初のもくろみとはうらはらに徐々に乖離し、よくない方向に進みつつあるようだが、もちろんわたしはそれを望んでいるわけではない。ワクチンによって集団免疫ができることを望む。しかし、デルタ株によってウイルス自体は確実に弱毒化してきているので敢えてワクチンで集団免疫よりもウイルスに罹って自然免疫での集団免疫の方がいいのかもしれない(インドはそうなった)。デルタ株が弱毒化しているという話に憤慨する方はこの記事(https://agora-web.jp/archives/2052832.html)を参照していただきたい。

ともかく自分の頭で考え、決断することが大切であり、それがワクチン接種になっても非接種になってもそれは他者から尊重されるべきである。どこの政党を支持するかでその人の評価を下すことがいかに馬鹿げたことであるかと同様に、ワクチンを接種したかどうかでその人の評価を変えることも馬鹿げたことである。ワクチンパスポートは医学的側面からはまったく意味がない。政治的側面からは意味がある。

それにしてもとにもかくにも生きにくい世の中になっていくような気がして暗澹としてしまうようだが、それほどでもないのかもしれない。

2021年7月30日金曜日

幻の東京オリンピック開会式


 MIKIKOは、日本の演出振付家。女性ダンスカンパニー、株式会社ELEVENPLAY(イレブンプレイ)代表取締役。愛称は「MIKIKO先生」。写真は彼女が振り付けおよび演出を担当しているPerfumeとBabymetalと撮ったもの(右端がMIKIKO先生)。

 先日開催された東京オリンピックの開会式はまさに糞糞糞だった。これまでまともにオリンピックの開会式を観たことはない(北京オリンピックが唯一7割くらい観たような記憶があるのみ)わたしは、それでもリオ・オリンピックでの閉会式での東京オリンピックをプロモートする「トーキョーショー」(クリックするとリンクにとびます)を観て、とてつもなく感動したこともあり、それはわたしが大好きなベビメタやパーフュームの振り付けおよび演出を担当しているMIKIKO先生によるものであり、そこにこれまたわたしが大好きな中田ヤスタカや椎名林檎の音楽が組み合わされていたことで、このチームによる東京オリンピックの開会式を切に観たいと思っていたからである。

が、わたしにとって理想であるこのチームは電通という癌によって見事に瓦解され、よく知らない元お笑い芸人という演出家によるみすぼらしい茶番劇に堕してしまっていた。 本当に時間の無駄だった。あまりにも糞糞糞糞糞だった!

そもそもこの東京オリンピック、新国立競技場のコンペから迷走しはじめていた。わたしは心からザハ案の新国立競技場を見たかった! 

 

現在隈研吾氏による新国立競技場は糞である。本当になんのワクワク感も湧いてこない。まさに残念なしろものである。 

MIKIKO先生による東京オリンピックの開会式の原案では、プロローグでAKIRAの金田が乗るバイクが新国立競技場に登場することになっていたそうで、それに続いてパーフュームが中田ヤスタカの音楽とともに姿を現すというわたしにとってはとてつもない演出だったのに。あーー、本当にMIKIKO先生による開会式が観たかった!AKIRAと東京オリンピックの関連性はその作品のなかで2020年東京オリンピックが予言されていたことで有名である。なにを隠そう、わたしはAKIRA5巻をすべて所持しているし、英語版も所持している。アニメ映画版は何度観たかは覚えていないほど観た。

 

金田がのるバイク
 
 ともかくこの幻の東京オリンピック開会式がいつか別の形で観れればと期待したい(おそらく無理だけど)。
ついでに新型コロナウィルスの陽性者も物凄い勢いで増加してきている。しかし、ワクチンのおかげで死者は少ない。それにデルタ型は感染力が強い分、毒性は弱いというウイルスの基本的性質を持ち合わせているようである。東京オリンピックでの日本選手の活躍は素晴らしく、この正のエネルギーで新型コロナの負のエネルギーを打ち負かしてほしい。つまり、いくら陽性者が増えてもそんなことにお構いなしに東京オリンピックに熱狂することによりこの無駄なコロナ狂騒曲に終焉をもたらしてほしい。専門家という医師のくだらない戯言に従う必要などまったくない!と一人の医師であるわたしは言う!皆が会場に集まり、選手たちに熱狂し、踊り狂えよ!そして新型コロナウイルスをばら撒き、集団免疫を獲得しようではないか!これくらいの意気込みが今こそ必要なのではないのか!と熱く語っても、それすら必要がないのが現実で、皆が倦んで自粛しなくなっても新型コロナによる死者はそれほど増えないのである。感染者は増えるがそれでも死者が増えなければそれでいいと妥協点を見つけること、そしてそれを皆に納得させることこそが政治家にとって大切なことと思う。