ゴールデンカムイは正直にいうとアニメから見始めた。第一期の第一話のエンディングは鳥肌ものだった(MWAMのWinding Roadが流れてきた時は魂が震えた)。
で、アニメで第3期までみて、それから今年のGW中に漫画が全巻無料でネットで見れるということを知り、全巻読んだ。
面白かった。
漫画の連載は終わったが、アニメは今秋に第4期が始まった。わたしはアマプラで見ている。面白いのは当たり前である。
ということでサクサクと簡単に終わっておこう。
ゴールデンカムイは正直にいうとアニメから見始めた。第一期の第一話のエンディングは鳥肌ものだった(MWAMのWinding Roadが流れてきた時は魂が震えた)。
で、アニメで第3期までみて、それから今年のGW中に漫画が全巻無料でネットで見れるということを知り、全巻読んだ。
面白かった。
漫画の連載は終わったが、アニメは今秋に第4期が始まった。わたしはアマプラで見ている。面白いのは当たり前である。
ということでサクサクと簡単に終わっておこう。
8月はまた記事をアップすることを忘れた・・・。
馬鹿馬鹿しいコロナ騒ぎが馬鹿馬鹿しくて馬鹿馬鹿しいことを書いても仕方ないと馬鹿馬鹿しく思ったのでコロナ禍のことは馬鹿馬鹿しくて書く気がしなかったので書くことを忘れた。ってなに言ってるのだろうwww
今回は前々回エントリーの映画「音楽」つながりで邦画2本について書く。
「音楽」の原作者である大橋裕之が脚本に参加している「街の上で」とその監督である今泉力哉が同様に監督している「愛がなんだ」を観た。
まずは「街の上で」であるがこれは長回しを多用しており、会話劇にしても十分成り立つような秀逸な作品であった。とにかく登場する俳優さんたちが皆一癖も二癖もあり、かと言って目立ちすぎず渋ーい感じの個性が際立つような登場人物ばかりでとても面白かった。セリフはどれも素晴らしかった。終わり方も格好良くて本当に最後は幸せな気持ちに包まれた。一番気になった役者さんは古川琴音という方で、現在はかなり有名になっておりNHKのドラマ等にも主演なされているとのことだ。確かに独特の雰囲気のある女優さんで今後も市川実日子さんのような感じで大成していってほしい。
で、その後に同じ監督の「愛がなんだ」を観た。出演している役者さんは「街の上で」と重なる人も多く(成田凌、若宮竜也(「街の上で」の主人公)など)、なんとなく既視感を覚えながらも楽しく観れた。原作は角田光代だけあって恋愛の偏ったメンタル面が非常にうまく描かれており、とても興味深かった。個人的には「街の上で」の方が面白かったが、かといって「愛がなんだ」もかなり面白い作品であり、このような良い作品を続けて観れたことを幸せに思った。
2021年からの日本のコロナ感染者数推移
言わんこっちゃない。
コロナウイルスの感染症指定枠を2類から5類へ格下げする前にコロナ第7波が到来し、世の中はてんやわんやである。まさに愚かである。まさに愚の骨頂である。しかし、それにしてもこの状況で気狂いみたいに恐れ慄いているのは国民の半分くらいで、その他半分は大して気にするでもなく、これまで通りに粛々と日常生活を送っているようである。まあただの夏風邪であるからそれが真っ当な対応方法であるのは間違いない。
政府の愚策により夏風邪ごときで、そしてその濃厚接触者ということで多くの人が休まざるを得なくなっている。うちの病院でも多くのスタッフが休み、医療がストップしている。ただの夏風邪のために。
ただの夏風邪でも重篤になる人もいるんだと喚くバカが沢山いるが、どんな病気でも軽症と重症があり、その比率でその病気を概観し、対処法を決定していかなければいけない。でも馬鹿にはそんなことはわからない。
今回のコロナ騒動でいかに世の中にバカが多いということがよくわかった。困ったことにそんなバカが世の中の重要ポストに居座り、世の中を動かしているということである。
ばかバカ馬鹿と連呼すると自分がばかであるような気がしてきた。実際はそうなのかもしれない。コロナ脳のバカが、反コロナ脳を馬鹿ばかと言っているのと何ら変わりないwww
とにかく上のグラフを見て、今の感染者数での世の中の動きを見て、コロナ初期のあの数での大騒ぎを反省して欲しい。以前の感染者数なんてまさにさざ波ではないか!そんなことは当初からわかっていることであり、それがわかる人も一定数いたのである。
コロナのことを話していると馬鹿馬鹿しくなってくるのでこの辺りで止めよう。とりあえず先月に記事をアップすることを忘れたことを反省しよう。
コロナの感染者数は漸減しているが数的にはまだまだ多い。
これまでの第1波から第5波までの感染者数及び死者と比べるとまだまだ圧倒的に多い。それでも多くの人がもうそろそろコロナは終焉したかなと思っている。それは単に「倦んだ」だけのことだ。私がこれまで何度も書いてきたようにコロナ禍が終わるのはコロナの感染者数や死者が無くなった時ではなく、このコロナ禍というインフォデミックの現象に皆がいよいよ倦んでしまった時のことだ。ようやくこのコロナ茶番が終わろうとしている。今後、このコロナ茶番で施行された愚策(緊急事態宣言、マンボウ、マスク着用、ワクチン等)が評価の場に上がり、検証されていくことになる。そして、その結果は確実にこれらの愚策がお笑い種になるものだろう。10年後にはマスクをして、プラスチックのパネルを立てて、黙食している姿は憐れみを持って、そして嘲笑の対象となっているであろう。それは第二次世界大戦でB29に竹槍で対抗しようとした日本国民と同じ姿である。
ひとつの危惧は、この状況になってもいまだに5類へとの引き下げを行おうとしない政府とコロナ分科会の姿勢である。まさに愚かである。もしこのまま5類変更せずにいくならまた緊急事態宣言が発せられる悲劇が必ず来る。なぜならコロナが無くなることはないからである。コロナはこれからもどんどん現れる。そんなコロナと一緒に生きていくことが肝心なのであり、これまではそうしてきたのだ。PCRという新たな検査法の登場により私たちは見えないものに対しても恐怖しなくてはいけなくなった。まさに愚かである。
私は当初からずっと言ってきた。こんなものをなぜ恐れるのかと。過度に恐れて、自らのその恐怖を他人にも強制させ、社会を過度に萎縮させていった人たちはもう一度、いや何度でも当時の自分の姿と現在の姿を見比べてほしい。そこに一貫性はあるのかと?多くの医者のコロナに対する言説はずっとネット上に残っている。それをきっちりと調べてその医者の信用度を測ってほしい。特にコビナビの医者たちの言説を検証してほしい。いかに一貫性のないその場あたり的な言説かということを確認してほしい。
最後にいつになったら日本人はマスクを外すのかという問題であるが、私は昔から日本人はマスクが好きだと思っている。理由は簡単でマスクで鼻及び口周りの自分の恥ずかしい醜い容姿を隠すことができるからである。日本人の多くが自分の容姿は醜いと感じている。マスクで隠すことが公に正当化されるなら多くの日本人はそうし続けるのである。やれやれである。しかし、とにかく自分の醜い顔を隠すためにマスクをし続けたい人はし続ければいいと思う。ただそれをマスクをしたくない人に強要することはやめてほしい。わたしは診察時にはずっと前からマスク着用していた。だから今後も診察時にはマスクをし続ける。わたしが診察時にマスクを着用するのは単に患者さんの臭いが気になるからである。感染云々ではない。だが、マスクをしたくない人はもうどんどんマスクを外すべきである。醜い奴だけがマスクをし続ければいい。そうそれだけのことだけである。

フィンランドはおそらく、人口1人あたりのヘヴィ・メタル・バンドの数が最も多い国であり、また同時に政治の面では、世界の中でも特に優れた国のひとつと言えます。この2つの間になにか相関関係があるのかどうかはわかりませんが。
──バラク・オバマ大統領(2016年、北欧諸国首脳との会合でのスピーチ)
最近はフィンランドのヘビメタにはまっている。
フィンランドのヘビメタといえば真っ先に浮かぶのはNightwishであり、私は昔からのファンであり、過去のエントリーでも幾度が取り上げてきた。他に有名どころといえばChildren of Bodomがあるが、これは私にはどうも合わない。だからあまり聴いてはいない。
数年前からよく聴いているのはWintersunというバンドでどの曲も長いが非常にメロディックで感動する。とりあえず2曲を下に貼る。
最後にAmorphisを1曲。これは前2者に比べると普通っぽいがそれでも北欧臭さは十分にある。
とにかく更新できてよしとしよう。
今日は2月22日。つまり、猫の日です。
つまりこの創作実験室が創設されてから13年経ったということです。
それだけのことです。
オミクロンによる死者が増えているがそのほとんどは関連死である。つまりオミクロンが直接的な原因ではない。つまり高齢で基礎疾患にて亡くなられる方たちがpcr検査で可視化されただけ。それだけのこと。いつまでこんなことを続けていくのか。まあバカにはわからないのだろうな、例えばTVに出ている玉川なんとかというバカ。