2018年12月31日月曜日
2018年ベスト・ワン
今年のベスト・ワンは「ゆるキャン△」で決まり!
次点は「メイドインアビス」、次々点は「宇宙よりも遠いところ」かな?
映画はすべてがほどほどにいい感じで抜きん出たものはなかったような。
音楽は来年の新生ベビメタに期待。
以上
2018年11月29日木曜日
「デビルマン crybaby」を観た

『DEVILMAN crybaby』は、永井豪画業50周年記念として制作されたアニメーション作品。
2018年1月5日より、Netflixで全世界同時ストリーミング配信。
漫画版デビルマンのアニメーション作品としては、初めて物語の最初から結末までが描かれたが、
原作そのままではなく一部の展開はアニメオリジナルとなっている。
iPhoneを買い替えた機会にNetflixに入会したので、噂になっていた「デビルマンcrybaby」を観た。
感想は、そんなに悪くはない・・・いやまあ結構面白いかも・・・でもやはり原作には及ばないなあ・・・でな感じです。
そもそもデビルマンのリメイク作品はすべからく駄作ですからそれらの駄作群に比べるとまだ鑑賞に堪えうる作品ではありました。しかもかなり原作に近い筋でした。
音楽は電気グルーヴでなかなかよかった。「墓場鬼太郎」も電気グルーヴだったような。
アニメの質は、「墓場鬼太郎」>「デビルマンcrybaby」ですが。
そろそろ原作に忠実なアニメ版デビルマンをつくってくれないかなあ・・と切に思うのでした。
更新乙!
2018年10月30日火曜日
YUIMETAL脱退
結局、ついに、YUIMETALは脱退となりました。
おそらくアミューズやコバメタルの説得は続いていたのでしょうが、彼女に翻意を促すことはできなかったようです。
SU-METALの代役はききません。つまりSU-METALが脱退したらベビメタは解散です。
しかし、YUIMETALの代役は見つけることができます。
もしMOAMETALも脱退するならSU-METAL単独のユニットでいけばいいだけのことですが、YUIMETALだけが抜けたとなるとこれはすぐに代役を見つける必要があります。
早く新たなYUIMETAL役を見つけましょう。
それがベビメタにとって最良の選択肢だと思います。
2人は不安です。現在の7人なんて論外です。
3人で安定したユニットへ戻るべきです。
ということでなんとか更新・・・・。
2018年9月30日日曜日
バーフバリを観た
『バーフバリ 伝説誕生』は、2015年公開のインド映画。全2部構成の叙事詩的映画の第1作目である。
インド国内で最高額の予算で製作された本作は公開直後から高い評価を受け、インドの歴代興行収入最高額を記録した。海外配給版もシッチェス・カタロニア国際映画祭、ブリュッセル国際映画祭、釜山国際映画祭など各国の映画祭で上映され、サターンファンタジー映画賞にノミネート、テルグ語版は第63回ナショナル・フィルム・アワードの最優秀作品賞、最優秀視覚効果賞を受賞した。
2017年に第2作『バーフバリ 王の凱旋』が公開された。
たまたまWOWOで放映されていたので、なんとなく20年前に観た「ムトゥ踊るマハラジャ」を思い出して、まさにたまたま録画していました。「伝説誕生」と「王の凱旋」の2本が同時に放映でしたので2作ともに録画しましたが、どちらの作品も2時間30分くらいの上映時間で、まあ2本ともに観るのはいつのことになるやらという感じで録画したままになっていたのですが、まめきちまめこさんのブログ(こちらをクリック)でバーフバリが取り上げられており、これを読むとどうしてもやはり観たくなってきて、ちょっと暇がある時に録画したものを観てみました。
で、まず第一部の「伝説誕生」ですが、まめきちまめこさんのブログを思い出しながら時々なんじゃこりゃという感じで笑いながら観て、それでも退屈な箇所ではちょっとうとうとしながら観ていたのですが、後半に進むにつれ、徐々に面白くなってきて、うーん、こりゃ第二部の「王の凱旋」もすぐに観なければとなったのでした。
で、第二部はもう滅茶苦茶面白くて、一気に観終わってしまったのでした。
なにが面白いって、やはりこのバーフバリはインド映画の王道を描いているからです。
主人公バーフバリの設定、容姿は言うまでもなく、随所に登場するダンスと音楽は、わたしに「ムトゥ踊るマハラジャ」を思い出させました。しかし、この「ムトゥ踊るマハラジャ」は3時間近い上映時間でわたしは楽しみながらも結構退屈したのですが、バーフバリは違ったのです。その大きな原因は、バーフバリの途方もないCGにあるようです。これは今回初めての遭遇でインド映画のCGの凄さに驚愕するのみでした。CGの細部が凄いというわけでがありません。むしろ細部はダメダメです。しかし、こんなシーンをこんなでたらめなCGで乗り切ってしまうというその大胆さに驚愕してしまうのでした。それにバーフバリが強するぎる。こんなん反則ですやんと思うくらい強すぎるのです。
とにかくインド映画はこうして時々観るとびっくりさせてくれて、楽しませてくれます。
これをいつも観るとなると辛いものがあるような気がします。ストーリは大体お決まりで、あのダンスと音楽。10年間に1作観るくらいでいいかなあとも思ったりします(笑)。 でもとにかくこのバーフバリは一見の価値ありです。
インド映画のダンスとアニメの主題歌をリンクさせる動画というのが一時期、ニコ動で流行ったのですがその名残を下に貼っておきます。いま見てもやはり名作です。
ついで「ムトゥ踊るマハラジャ」のオープニングとバーフバリのダイジェスト映像も貼っておきます。
2018年8月31日金曜日
ニコ動とスカパー
ニコニコ動画(ニコニコどうが、略称: ニコ動、ニコニコ)は、ドワンゴが提供している動画共有サービス。
事業の拡大につれ、ニコニコ生放送やニコニコ静画など、ニコニコの名を冠し、動画共有サービスの枠を超えた多くの派生サービスが展開されている。従来「ニコニコ動画」という名称はこれらのサービスの総称でもあったが、2012年5月1日に新しい総称である niconico が発表されて以降、
ニコニコ動画は niconico のサービスのひとつである動画共有サイトという位置づけとなっている。(Wikipediaより)
ニコニコ動画とスカパーが危うい。
ニコ動はプレミアム会員が減少傾向にあるがそれよりも肝心の視聴数が激減しているらしい。それはコンテンツの質が落ちていることが第一の原因かもしれない。コンテンツの質が落ちた原因は動画のプラットフォームの改善が遅れたことと、YouTubeの圧倒的な隆盛によるものと思われる。YouTubeは動画投稿による収益機能を整えたことが現在の繁栄の主な原因と思われる。
ニコ動のコメントが流れるシステムはとても面白いし、今でもアニメなどはこのコメントが流れる中で観ないと観た気になれない。だからアニメを観るのは必ずニコ動でとわたしは決めているがその肝心のアニメも最近は面白いコンテンツがない。だからわたしも最近は1ヶ月間ニコ動にアクセスしないということもある。
困った、困った。
ニコ動のボカロやMMDなどの文化は長く引き継がれていくべきものだと思われる。
ニコ動が一番面白かったのはやはり2010年頃のように思われる。プレミアム会員が100万人を達成するまではまさに勢いがあり、面白いコンテンツが次ぐから次へとアップされた。しかし、会員が増えるに従って、その質は落ちていった。おそらくこの時期から質の高いコンテンツ制作者たちはニコ動から離れていったのではないだろうか?ニコ動の超会議室など京都に住んでいるものからしたら参加するのもバカバカしく、勝手にやってろという感じだったし、夏野のおっさんが高級ワインをひけらかして飲む姿を見るにつけ「おまえ、死ね!」と叫ぶだけだった。
おそらくニコ動はこのまま縮小傾向になり、しかし潰れることはなく、細々と続いていくことになるのだろう。そこからまた新たな文化が生まれればそれはそれで喜ばしいことなのだが、そのためには現在の経営陣を一掃してしまったほうがよいと思う。
同様に、スカパーももうすぐ死にそうである。
UEFAチャンピオンズリーグをDAZNに奪われてしまっては、もうスカパーを見る理由などなにもないのである。Foot!は観たいので、仕方なくFoot!とプレミアリーグだけを視聴できるコース(月額1000円)に入会しているが、Foot!もどうも徐々に面白くなくなってきているのでいつまで入会しているかは不明である。とりあえずFoot!にお笑い芸人は出さないでほしい。不愉快なだけである。死ね、お笑い芸人!
もちろんDAZNには入会した。もうDAZNさまさまである。
オンデマンドで観れるし、ライブでもすぐに自分の好きな場面を後追い再生できる。こういう環境に慣れれば、CMがあり、後追い再生ができず、同じシーンを何度も観させられる地上波などはもうそのチャンネルを選ぶことなど決してないのである。
死ね、地上波!
2018年7月31日火曜日
YUIMETALの行方
水野 由結(みずの ゆい、Yui Mizuno)は、日本の女性シンガー、ダンサー、アイドル。
神奈川県出身。所属事務所はアミューズ。
2010年より、メタルダンスユニット「BABYMETAL」のスクリーム&ダンスをYUIMETAL名義で担当する。
昨年12月の広島で開催されたSu-Metal生誕祭以来、YUIMETALは欠席している。今年の欧米ツアーでもYUIMETALの姿はなく、代わりにバックダンサーが2人加わった。
今後どうなるのかを論理的に考察してみた。
このままBABYMETALを脱退してしまうのか?
それが決まっていればそれなりの発表がアミューズよりあるはずである。ないということは、復帰する可能性があるということである。
10月の日本公演のチケット販売が7月中旬から8月中旬に延期になったということは、YUIMETALの日本公演での復帰を示唆しているかもしれない。もしくはその方向性で動いていると考えられる。結果として、復帰はさらに延期ということもあり得るが。あるいは日本公演後にYUIMETALの脱退がアナウンスされるかもしれない。
いずれにしてもYUIMETALが脱退するならBABYMETALの大幅な構造変革が必要である。
YUIMETALに変わる新たな女性をリクルートするか、SUMETAL単独のユニットにするか。SUMETALとMOAMETAL二人のユニットというのは考えにくい。
あるいはこれを契機に消滅もあり得る。
ということで7月更新乙!
2018年6月30日土曜日
森田童子、死す。
森田 童子(もりた どうじ、1953年(昭和28年)1月15日 - 2018年(平成30年)4月24日)は、
日本の元女性シンガーソングライター。本名は非公開。
1975年10月、シングルレコード『さよなら ぼくの ともだち』で、ポリドールよりデビュー。
以後主にライブハウスを中心に活動。1983年までにアルバム7枚、シングル4枚をリリースし、同年のアルバム「狼少年 wolf boy」と新宿ロフトでのライブを最後に、引退を宣言することなく活動を休止。
カーリーヘアにサングラスというスタイルが特徴で、コンサートはもちろんレコードジャケットなどでも素顔を見せることはなかった。実生活についてもほとんど公表せず、作詞した歌詞の内容もありのままの実体験ではなく願望を投影したものであるとしており、普段も寡黙で、独特の世界観を表現した作品に生活感を滲ませることを避けていた。
ぼくは大学受験の浪人時代に森田童子を知った。
きっかけはレコード店で偶然彼女のファーストアルバム「グッド・バイ」を手にし、そのジャッケットの鮮烈な印象に、つまりジャケ買いをしてしまったのである。
ジャケットには収録曲「まぶしい夏」の歌詞が記されていた(上の写真を参照)。
玉川上水沿いに歩くと
君の小さな
アパートがあった
夏には窓に竹の葉が揺れて
太宰の好きな君は
睡眠薬飲んだ
暑い陽だまりの中
君はいつまでも汗をかいて眠った
あじさいの花より鮮やかに
季節終わりの
セミが泣いた
君から借りた太宰の本は
寂しい形見に
なりました
ぼくは汗ばんだ
懐かしいあの頃の
景色をよく覚えてる
太宰の小説はかなり読んでいた当時のぼくは太宰のことがどちらかというと嫌いだったのだが、なぜかこの歌詞にひかれて彼女のアルバムを購入した。
それからぼくは森田童子の世界の虜になった。
リリースされるアルバムはすべて購入し、コンサートも2度行った。
まさに森田童子と同時代に彼女を体験した。
だから90年代になってTVドラマ「高校教師」がきっかけとなって彼女の曲が大ヒットしたことには苦々しい思いしかない。
浪人時代、ぼくの通った京都の予備校に変わった女の子がいた。
歳は高校3年生のそれで高校は中退して大学検定を取得して大学受験のため予備校に来ていた。確か京大医学部を受験した時に同じ教室に彼女がいたことを覚えていた。
少しずつ彼女を知るようになって、彼女が田舎の中高一貫教育の出身であり、中学3年の頃から担任の先生とつきあうようになり、それが原因で高校を中退することになり、中退してもその先生とはつきあい続けていたが、ある日いつものように朝の逢瀬を重ねている時にその先生は彼女の上で腹上死してしまったということで、彼女は仕方なく田舎を出て、京都で大学受験に励んでいるとのことだった。当時のぼくは彼女がまだ高校生のくせに熾烈な人生を歩んでいるんだなあと痛く感心したものだった。
彼女は中学時代にサドの全著作を読破したと言っていた。
彼女の下宿には本棚にいっぱいの本、特に少女漫画が置かれていた。
ぼくは彼女に感化されて、彼女の家に行くといつも少女漫画を読み漁った。
小劇場の演劇を観に行くようになったのも彼女のおかげだったし、天井桟敷や状況劇場、つかこうへい事務所を教えてくれたのも彼女だった。
当時のぼくは彼女に多大な影響を受けていた。
そんなぼくが唯一彼女に影響を与えのたが、森田童子だった。
彼女は森田童子を偏愛した。
あの当時を今思い出すに、あの眩しい夏を思い出すに、汗をかきながら彼女の下宿でふたり並んで少女漫画を読み、ボルヘスやマルケスの海外小説を読みふけっていたあの日々を思い出すに、その記憶にはいつも森田童子の歌声がついてくる。
彼女の言うことは本当だったのだろうか?
中学の先生との恋愛、先生の死による帰結は事実だったのだろうか?
今思うに、それらはすべて彼女がつくりだした幻想だったのかもしれない。
十代のぼくは彼女の作り話にふりまわされていただけのことかもしれない。
ぼくは京大医学部に進んだけれども、彼女は、京大医学部を落ちて、翌年に京大理学部を落ちて、そして翌々年に阪大理学部を落ちて、結局、10歳以上離れた新しい彼を見つけて、神戸に引っ越し、そこで結婚し、子供を生んだ。
そこまでは、ぼくは知っている。
「別れてほしい」と言われた時、肩の荷が降りた思いで、安堵した嫌な思いが甦る。
その後、彼女はどうしているんだろう・・・・
森田童子が「高校教師」で話題になった頃、ぼくは留学先の米国でこのドラマを観た。そして、まさに彼女を 思い出した。主演の桜井幸子が彼女にみえて仕方なかった。
森田童子は脚光を浴びたが、表舞台に出ることはなかった。
そんな森田童子が死んだ。
彼女の曲、すべてが好きなのは言うまでもないが、ここでは3曲だけ貼っておく。
「まぶしい夏」はその歌詞が森田童子を知るきっかけになった重要な曲。
「蒼き夜は」は彼女が好きだった曲 。
「哀悼夜曲」は自分の死に際して、流してほしい曲である。
まぶしい夏
蒼き夜は
哀悼夜曲
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