2022年3月31日木曜日

フィンランドのヘビメタ

 ヘヴィ・メタル・バンド

 フィンランドはおそらく、人口1人あたりのヘヴィ・メタル・バンドの数が最も多い国であり、また同時に政治の面では、世界の中でも特に優れた国のひとつと言えます。この2つの間になにか相関関係があるのかどうかはわかりませんが。
──バラク・オバマ大統領(2016年、北欧諸国首脳との会合でのスピーチ)

 最近はフィンランドのヘビメタにはまっている。

フィンランドのヘビメタといえば真っ先に浮かぶのはNightwishであり、私は昔からのファンであり、過去のエントリーでも幾度が取り上げてきた。他に有名どころといえばChildren of Bodomがあるが、これは私にはどうも合わない。だからあまり聴いてはいない。

数年前からよく聴いているのはWintersunというバンドでどの曲も長いが非常にメロディックで感動する。とりあえず2曲を下に貼る。


 

続いてはInsomniumというバンドでこれもデスボイスが入るが非常に個性的でバイキング的な要素もあるように思う(一般にバイキングメタルはスウェーデンやノルウェーのバンドのことをいうが)。


最後にAmorphisを1曲。これは前2者に比べると普通っぽいがそれでも北欧臭さは十分にある。


 ということで今回はかなり雑なエントリーになってしまった。

とにかく更新できてよしとしよう。


2022年2月22日火曜日

13周年

 


 今日は2月22日。つまり、猫の日です。

つまりこの創作実験室が創設されてから13年経ったということです。
それだけのことです。

オミクロンによる死者が増えているがそのほとんどは関連死である。つまりオミクロンが直接的な原因ではない。つまり高齢で基礎疾患にて亡くなられる方たちがpcr検査で可視化されただけ。それだけのこと。いつまでこんなことを続けていくのか。まあバカにはわからないのだろうな、例えばTVに出ている玉川なんとかというバカ。

2022年1月30日日曜日

オミクロン狂騒

 


 オミクロン株とは、2021年11月24日に南アフリカから報告された新型コロナウイルス変異株の1種。WHOはこのB.1.1.529系統の変異株を11月26日に「懸念される変異株 (Variant of Concern; VOC)」と位置づけ、ギリシャ文字順に「オミクロン」と名付けた。

オミクロンの感染拡大でまさに「やれやれ」である。

以前から言っているように感染者数で評価するととんでもないことになるのである。重症者、死者は殆ど増えていない。それでも感染者数増大を見て、そしてマスコミはそれを煽って、世の中の多くの人が怖れているのである。

しかも、濃厚接触者という糞みたいな設定が出てきてこれにより多くの人が自宅待機等を迫られ、仕事に従事できなくなり社会活動が停滞せざるを得ない状況になっている。

私の病院でも小学生や中学生の子供のいる看護師や他の医療従事者は学校での子供のpcr陽性児童の出現により濃厚接触者扱いになり休まざるを得なくなっており、病院業務にも支障が出始めている。まさに困ったものである。

で、現在、コロナウイルスは上記の「新型コロナウイルス感染症」の範疇に入れられている。2類ではないのである。上の表を見て貰えばわかるのであるが、2類であれば濃厚接触者という設定はないのである。そう、つまり現在の枠組みは2類よりも厳しい最悪なものなのである。しかし、オミクロンウイルスは感染力は高いもののその毒性は低く弱毒化しており重症例も少ない。いわゆるただのコロナ風邪なのである。それを未だに「新型コロナウイルス感染症」枠にはめ込んで対応している。

まさに最悪の対応方法である。

5類に引き下げれば容易に解決できる問題であり、以前に比べてより多くの医師が5類引き下げを提案しているが、政府の感染症分科会はそれをしようとはしない。本当に困ったものである。もっと困ったものなのが、この政府の姿勢を支持する愚民が多いということである。

おそらくオミクロンウイルスの感染は2月中には収束すると思われるが、ともかくこのコロナウイルス感染症枠を撤廃し、5類に引き下げしておかないと今後も同じことが永遠と繰り返されることになる。コロナウイルスの感染は今後も引き続き繰り返されることは確実であり、それに対する対応はこれまでのコロナウイルスに対する対応(つまり2019年以前)で十分であったはずだ。

はっきりいうと、これは新型コロナウイルスによる感染禍ではなく、pcrという検査により感染が可視化されたことによる検査禍、つまり人災に他ならない。これまでも何度も書いているが、まさに自家中毒禍なのである。この自家中毒から脱するのはそれを自覚することしかない。そして自覚するためにはこの自家中毒により多大な自己被害を被ることでありそれが皆に遍く広まることである。現時点でそれに気づき始めた人が増えてきてはいるがまだまだである。もう2−3回、今年中に同じような状況になったらもう皆が我慢できなくなるだろう。それにしても日本国民の我慢強さには辟易するばかりである。これではこの国で革命なんて起こることは絶対ないだろうな。今まではそれがこの国のいいところだと思ってきたが、やはりこれではダメなような気がしてきた。私が生きている間に革命みたいなものが起こればこの国は安泰だと思うが、そうでないなら静かにこの国は衰退していき死滅していくのだと思う。それでもいいのかもしれない。なんとなく美しい気もする。


2021年12月31日金曜日

2021年ベスト1

 

恒例のベスト1であるが、今年は糞コロナ禍のおかげで映画を観に行く機会も減り、ゴジラvsキングコングや砂の惑星などを見逃した。小説も未だに三体全編を読破していない。

ということで今年のベスト1は、この糞コロナ禍の中でも孤軍奮闘して反コロナの作品を出し続けた漫画家小林よしのりにしようと思ったが、おそらく彼の業績は数年後に評価されるはずであるからここでわたしが評価する必要はないと思い、スルーして、敢えて今年は上記の鉄道旅行系ユーチューバー、スーツくんの大作 

【中山道の旅】自転車で行く 東京→京都 12日間

にする。 全15作で各動画は1時間から2時間の長さであるから本当に大作である。そして、その中身も充実している。

昨年は東海道の旅を自転車でしておりこれももちろん大作で大好評であった。それに続くのがこの中山道の旅である。

年末年始で暇な方はぜひこの大作を見てほしい。

2021年11月30日火曜日

オミクロン株見参!

オミクロンと命名された新たなコロナウィルスの株が見つかった。

おそらく感染力は強いかもしれないが、毒性は弱いと思われる。それがウィルスの変異の通常過程であるからである。

今は出てきたばかりで大騒ぎになっているが、まさに、やれやれ。。。。である。

おそらくすぐに普通の風邪ウィルスとして忘れ去られるであろう。

ワクチン接種率の高い国ほど感染者が増えている。例えば欧米。

ワクチン接種率が低い国ほど 感染者は収束している。例えばインドネシア、フィリピン、バングラデシュ、パキスタン、インドなど。

日本だけがおかしい。ワクチン接種率が高いのに感染は収束している。

日本とgeneticなバックグランドも等しい韓国で、ワクチン接種率も高い韓国でなぜか感染が増えている。と言っても欧米の感染者の十分の1であるが。

日本だけがおかしい。

そしてその理由は今のところ誰もわかっていないようだ。

あっ、そういやスウェーデンもワクチン接種率は高いが、感染は収束しているが、最近は若干増加気味ではある。スウェーデンは緩やかな規制で集団免疫を目指した国であり、それが奏功したようである。その意味ではインドも然り、ブラジルも然りである。となると日本もそれほど厳格なロックダウンはしていないので集団免疫が得られたのかもしれない。私が心から信頼できる医師グループはそういう結論に達してコロナ禍の収束を予想している。そんな話聞いたことないよと言われる人が多いと思われるが、真っ当な医師たちの意見はマスコミからは無視されるのである。代わって、こびナビとかいう糞イクラの糞医者たちが脚光を浴びているのである。コロナ禍が収束し、ワクチンの薬害が炙り出されてきた暁には、このこびナビの糞医者たちを糾弾することだけは忘れてはいけない。絶対に!

 

2021年10月31日日曜日

コロナ禍の終焉?

 


 新型コロナウィルスの感染者が激減した。

そしてその激減した確たる理由を誰もわかっていない。

おそらくこれのみが真実であり、激減のいろいろな理由もしくは解釈は放置しておくのが一番であろう。エビデンスに基づいて理由を推測するというのもあくまで推測にしか過ぎず、エビデンスというものがそもそもいかがわしいものであるということが皆よくわかったと思う。一流ジャーナルにアクセプトされた論文が正しいかというとそんなことは絶対にないし、本庶先生が言っていたようにネイチャーサイエンスクラスでもその90%以上の論文は10年後にはなかったものとして忘れ去られていくのである。

コビナビという、クソみたいな若手および中堅医者の言うことなど無視するのが一番である。知念実希人という小説家(ミステリー小説?)兼医師(といっても父親の開業医院を週一回手伝う程度の医者)がクソみたいなことを喚いているが、こいつ今後大丈夫かと言いたくなる。せっかくの小説の価値が、こんなコロナのことである一定層から否定される(小説的価値からではなく)のはある意味可哀想である。 わたしは何年か前にかれの作品を読んだが特に感想はなかった。これはわたしが単に推理小説分野にほぼ関心がないことから来ている。小栗虫太郎などの昔の本格派や京大推理小説研出(綾辻行人ら)の新本格派という作家たちのものも苦手であるわたしに推理小説を語る資格がないのは明らかである。

話がそれてしまったが、で、これでコロナは収束して新たな第六波は来ることなしに世の中からコロナ禍は消滅してしまうのであろうかということであるが、それはわからない。海外の状況をみている限りでは日本も同じように感染者のぶり返しが来てもおかしくない。そして、それはワクチン接種者間でのものである。しかも、おそらく重症者死者が増えるのならそれはワクチン接種者においてのみ増えるのであろう。もちろんこれに確たる根拠はないが海外の状況をみるかぎりではそうなるような気がする。

岡田斗司夫が面白いことを言っていた。コロナ禍は戦争と同じであると。今は戦時下にあるのと同じなんだと。戦場で実際に死ぬ人数よりもその影響で死ぬ一般市民の数の方がずっと多いのと同様にコロナ禍でも実際にコロナ感染で死ぬ人数よりも経済の失速等で死ぬ人の方がずっと多いということ。第二次大戦時と同じように、隣組のようなものが形成され、コロナ感染者を密告し、またワクチン非接種者を差別するようになっている。「欲しがりません勝つまでは」と同様に利他的な価値観をワクチン接種に求めている。まさに戦時下である。現在、まさにコロナ脳で、コロナ感染者を忌み嫌い、皆で感染しないようにとマスク着用や手荒励行に神経を研ぎ澄まし、子供にまでワクチンを絶対推奨して自分は世の中のために正義を実行しているまでだと固く信じている人はもう一度自分の姿を客観的に眺めてほしい。あなたの姿は第二次大戦の時のあの大日本帝国軍と大日本帝国人民の姿に他ならないのではないか。ナチスドイツでのナチスとドイツ国民の姿に他ならないのではないかと。

とにかくわたしはこれでコロナ禍が収束することを切に望む。

ワクチンがとんでもない副作用が今後明らかになることは望まない。軽微な副反応だけにとどまることを望む。

しかし、自分が望んだように世の中はなかなかすすまないというのも現実である。

2021年9月29日水曜日

新型コロナのいろいろ(続)

 


上の日本の感染者数のグラフとインドネシアのものを見比べてほしい。

似たような波を示している。第5波であるデルタ株は収束してきている。

その原因としてはワクチン接種の普及があげられるが、日本とインドネシアのワクチン接種率を比較するとこれだけ違うのにデルタ株の収束曲線は同じということでワクチンがどこまで感染収束に寄与しているのかは疑問符が付く。高齢者の死者が激減したということにはワクチンは大いなる寄与をしていると思われるが、感染そのもの自体にはどこまで寄与しているかは疑わしい。いや、そもそも高齢者の死者激減も単にデルタ株が弱毒化したためという見方もできる。


 
上のグラフはこれまでのコロナ感染の波と各株の移り変わりと同期していることを示唆するものである。つまり、これまでの1波から5波までの波の浮き沈みは人流抑制の効果うんぬんではなく、単にコロナの株が変化したことによるもので人間の活動(マスク着用、宴会、コンサート、オリンピック等)とはほぼ関係がないことを示唆している。まさにコロナの勝手なのである。それなのに人力でなんとかコロナをコントロールできると考え、糞しょうもない人流抑制を唱えてきた政府分科会の愚かしさよ!
 
 


上のグラフはワクチン接種が致死率を下げるものはないということを示唆するものであるが、確かに全年齢で計算するとそのようになるようであるが、高齢者だけをみるとやはりワクチンは致死率を確実に下げているように思う。だから高齢者やリスクの高い人達(呼吸疾患持ち、糖尿病持ち、BMI30以上等)にはワクチン接種をすすめる。だが、10代20代の若者にワクチン接種をすすめる理由が上の表を見る限りはない!

反ワクチン信者がリスクある人たちにも「ワクチンをするな!」というのは理解できないし、ワクチン信者がリスクがまったくない10代20代の健常者に「ワクチンをせよ!」というのも理解できない。とにかく一番の困ったちゃんは、「コロナは怖い、ワクチンも怖い」という輩で、この人達と付き合っていくといつまでたっても普通の日常は戻ってこない。永久にロックダウンを続け、ひきこもっていなければいけない。また、「コロナは怖いがワクチンは怖くない」といってやたらと見境もなくワクチン接種を奨める輩も困ったものではある。こいつらのおかげでワクチンパスポートなるものが法制化されたならまさに統制社会そのもので1984の社会が現実化することになる。社会のために、他人のためにワクチンを打ちましょう!なんていう文言で接種を啓蒙する偽善者に騙されてはいけない。「コロナは怖くないが、ワクチンは怖い」という輩はワクチン接種をしなければいいだけのことである。ただ反ワクチン運動だけはしないでほしい。ワクチン接種をするもしないも各人の勝手である。「コロナは怖くないし、ワクチンも怖くない」というのがわたし的には一番まともな人たちである。このような人たちは自分自身の健康状態そしてワクチンの各株の致死率等を考慮して、ワクチン接種をするかしないか決定すればよい。これが一番理性的であると思う。このような人たちは決して他人にどうこうせよと強制することはないと思う。

まあなんやかんや言っても、人間それぞれいろいろであり、その価値観をお互いに認めていかなくてはいけない。自分とは相容れないと思ってもそれは仕方がない。ある価値観で意見が合わなくても他の価値観では同意見であるということはよくあることである。コロナやワクチンだけの価値観だけでお互いが歪み合うことがいかに矮小なことかだけは肝に念じておこう。所詮コロナもワクチンもその程度のものである。でもおそらくこう言えるのは、「コロナもワクチンも怖くない」という価値観のわたしのような人たちだけなのかもしれない。