2014年10月7日火曜日

うしじまいい肉とカンパニー松尾

カンパニー松尾(カンパニー まつお、1965年6月29日 - )は、アダルトビデオ監督。
芸名は、高校時代に、近所の店で「ほか弁」を仕入れて学校で売るなどしていた活動を
「松尾カンパニー」と呼んでいたことから。
AV界にハメ撮りというジャンルを定着させた第一人者。
(Wikipediaより)

うしじまいい肉さんとカンパニー松尾さんは時々トークイベントでご一緒することがあるようです。
自分がフォローしている人が、それもまったくこの人たちは関連がないだろうなと思っていた人たちが、twitterで関係あることがわかったりするとちょっとびっくりすると同時にちょっとうれしくなったりします(自分とは全然関係ないことなんですけど)。
 で、カンパニー松尾さんですけどこの方はハメ撮りというドキュメントの先駆者です。そこは撮影者カンパニー松尾と被写体女性の二人だけの世界で、濃密なハメ撮りドキュメントが展開されていきます。このようなAVを観てしまうともう脚本ありきの作り物AVは観れません。ドキュメント以外はAVにあらずということになってしまいます。
そのドキュメントAVで最近話題になっているのが下に貼った「テレクラキャノンボール2013」という作品です。映画版と通常版(?)があります。わたしはカンパニー松尾さんが運営する某ウェブサイトの会員ですので、そこで通常版(約20時間にも及ぶ長さ)をウェブで観ました(あまりに長いので、部分的に早回しをしましたが)。
で、確かにこの作品は、とんでもないAVでした。というかこれAVか?ということにもなるのですが、とにかく身も蓋も無い、レースに勝つためにどんなこともやってのけるそのバイタリティというかやけくそというかその切なさに笑い転げてしまい、また唖然としてしまいました。きれいなプロのAV女優さんも出演しているのですが、彼女たちが出るシーンは正直言って退屈です。そうではなくて、街でナンパしてハメ撮りを許してくれてインタヴューに答えてくれる素人女性たちのシーンがとてつもなく暴力的でなんか哀しいようで勇ましくて、で、そんな素人女性を前にしてプロのAV男優たちは皆ピエロのようで、でもとにかくがんばる!とにかくレーズに勝つために!でもなんかいつのまにか自分が何をしているのかもわからなくなっていく、これは何なんだ、そして観ているわたしたちも何なんだこれは?!となってくるのです。


作品の後半では、プロのAV女優さんと監督の間のなんとなく切ない関係のちょっとお涙頂戴っぽい展開になってきて、かなり退屈になってわたしはそのあたりは超早回しにしてしまいましたが、とにかく作品の8割を占めるナンパ部分とレース部分は面白かったです。
映画版の方は全国で巡回上映されているようで、ますます評判が上がってきているようです。
カンパニー松尾さんは、カレーが大好きで、かれのAV作品にはかれ自身がカレーを食べる姿が頻繁に出てきます。将来はカレー屋を経営することが夢のようですが、現状はAV監督業の方が盛況でカレー屋経営までには手が回らないようです。
かれのドキュメント作品の凄いところは変に演出していないところだと思います。被写体のAV女優さんの素の姿を映し出すようなところがあって、かれの作品を観ているとこの女優さん、明らかにメンヘラだなあとか、ちょっと危ないなあとか、滅茶苦茶普通で真面目だなあとかいろいろな人がいることがわかります。
かっては、日活ロマンポルノという世界から多くの有能な映画監督(神代辰巳、根岸吉太郎、森田芳光、金子修介、相米慎二等々)が育っていきました。
またそれ以降のいわゆるピンク映画界から京大映画部でちょっとだけわたしといっしょだった「ヘヴンズストーリー」の監督瀬々敬久や「太陽を盗んだ男」で過激派の犯人役で出演していた「神田川淫乱戦争」の監督黒沢清などが育っていったのですが、現在のAV界から同じように映画監督が育っていくことはありえるのでしょうか?
わたしはまだ観ていないのですが、「監督失格」(庵野秀明プロデュース)の平野勝之がそうかもしれません(でもかれはPFF出身だからちょっと違うような気もします)。
単にわたしが知らないだけで既にそういう人はいるのかもしれません。
しかし、わたしが思うに、今のAV界はそういう古い図式(AV監督から一般映画監督へ)になんら価値を見出さない新たな価値で動いているようにも思えます。なんというか演出をすべて排除した即物的な映像で極めて個人的ななんらかの真実を抉り映しだすというようなそんな映像世界に既に移行しているような気がします。そこである価値が完結しているので、そこから新たな一般映画への進出という野心というか色気というかそういうものがいい意味で予め失われていると思えるのです。
とにかくカンパニー松尾さんにはAV作品を撮り続けて欲しいです。そして、カレー屋を経営したならぜひそこでカンパニー松尾お勧めカレーを食してみたいものです。
で、最後に一番関心があることとして、カンパニー松尾とうしじまいい肉のハメ撮りAVが制作されることはあるのか?
うしじまいい肉さんはAV女優ではないので、普通に考えればあり得ないです。
でも、うしじまいい肉という人間とカンパニー松尾という人間の絡み(ハメ撮り)と考えればそれはAVという範疇を越えたエロ作品として世間には受け入れられような気がします。絶対売れるはずです(笑)。
ということで、今回はうしじまいい肉さんとカンパニー松尾さんのハメ撮り作品を期待するということで終わりにしたいと思います。 

2014年10月6日月曜日

うしじまいい肉 VS 茂林健二郎

 茂林健二郎とは、木下古栗の小説に登場するキャラ。
脳科学者の茂◯健◯郎に似ているような気もする。

 1ヵ月前くらいに結構話題になったtwitが上に貼ったものです。
うしじまいい肉さんが中森明夫に連れられて文壇バー「風花」を訪れたところ、隣に座っていた女ポケモンを連れた茂林健二郎に投げつけられた言葉ということです。
わたしが興味があるのは茂林健二郎がどんな女ポケモンを連れていたかということですが、まあそれは措いておいて、とにかくうしじまいい肉さんはこのように言われてひどく立腹されたということです。初対面の人にあまりに失礼ではないかと。
確かにそうだと思います。
ただ茂林健二郎がうしじまいい肉さんにかなり興味があったことも確かだと思います。
だから上のようなちょっと上から目線で、相手を指導するような言い方(これは自分の方がより相手に興味を抱いていることを悟られないようにするための姑息な手段のような気がする)をしたのだと。ですから百戦錬磨のたくさんの男を弄んできた手練手管を弄する女性だと「しめしめ」とほくそ笑みながら下手な返答を茂林に返すのでありましょうが、うしじまいい肉さんはそういうタイプの女性ではないので、ついつい真正面から正当な反応を返してしまったということでしょう。
そもそも茂林健二郎という人物はあまりに胡散臭くて、それが本当に下衆な胡散臭さなら感心してしまうのですが、そうではなくてなんというか似非教養をまとった胡散臭さのためどうもどうも茂林健二郎をみるたびに「お前、死ねよ」と思うのでした。
そもそも脳科学者というのが胡散臭すぎる!
こいつ科学者と名乗っている割にはおそらく実験などしたことがないですよ。
そもそも文芸の世界の人でしょう。
脳科学者という輩ほど科学と遠く離れた位置にいる人達はいません(キリッ
はっきりいって詐欺師です。
まあ茂林健二郎の顔は詐欺師のそれに似ています。えっと、それだと詐欺師に失礼かもしれません。ごめんなさい。
この詐欺師茂林健二郎をなんということか学会の特別講演に招聘した馬鹿がいるのです。
昨年の日本臨床眼科学会。
講演料は百数十万円ということです。わずか1時間弱の講演。
どんなに糞な講演かを確かめるためにわたしは拝聴しにいきました。
で、驚いたのは会場が眼科医で満杯であったこと。
医師って、やっぱ馬鹿が多いわ・・・・。
で、茂林の講演はとてもしょうもなかったです。
思い出そうとしても思い出せません。
なんかジブリの「風立ちぬ」の映像をいくつか拝借して写してました。これ、著作権大丈夫なんだろうか?それしか覚えてません。
糞みたいな講演でした。
これで二百万円弱の講演料が手に入るのか・・・。
まさに濡れ手に粟だな、茂林健二郎。
そもそもどうして臨床眼科学会の特別講演に茂林がよばれたかというとこの学会開催担当大学の教授が単なる馬鹿だから。バカはバカを呼ぶのです。
と、茂林の悪口はこのくらいにして・・・。
この事件に反応したゲンロンカフェ主催東浩紀が逆にうしじまいい肉さんの反撃にあい、たじたじとするというおまけもありました。
うしじまいい肉、凄すぎです。
わたしはゲンロンの会員になっています。だからといって東さんの信者ではありません。
ただ東浩紀さんがごちゃごちゃといろいろなことをするその姿には応援したいのです。
かといって、彼が福島でやろうとしていることにはあまり関心はありません。もちろん反対でもありません。単に関心がないだけです。関西人は福島のことにはあまり関心がないのです。
しかし、このゲンロンの会員でいることにより東浩紀VS浅田彰、東浩紀VS岡田斗司夫などの対談をニコ生でみることができてとても有益でした。めちゃくちゃ面白かったです!
で、このゲンロンカフェで催される生放送にぜひうしじまいい肉さんが飛び入り参戦して、あの東さんと黒瀬さんの裏バトルの真相を問いただしてほしいのです。
おそらく現在のゲンロンカフェに必要なのはうしじまいい肉さん級の水素爆弾ではないかと思うのです。
ゲンロンカフェとうしじまいい肉を対置してみると、どうみても似合わねえーーという感じではあります。戦争したらどっちが勝つんだろう。
おそらくうしじまいい肉だろうな・・・・(笑)。

追記;ちなみに別唐晶司の唐は、唐十郎さんからいただきました。

2014年10月5日日曜日

うしじまいい肉からうしじまいい肉へ(始)

うしじまいい肉(うしじまいいにく)は、日本の女性コスプレイヤーである。
年齢非公表。東京都出身・在住。名前はマンガ『闇金ウシジマくん』からとったもの。
自主製作のコスプレ写真集を多数発表・販売しており、また各種イベントやDVDなどにも出演。
また青年漫画誌ヤングチャンピオン、写真週刊誌フライデーなど一般誌のグラビアでも活躍している。(Wikipediaより)

うしじまいい肉さんには、感謝しなければいけないことが2つあります。
ひとつは、ベビーメタルを知るきっかけを与えてくれたこと。もうひとつは、「パペラキュウ」を知るきっかけを与えてくれたこと。いずれもうしじまいい肉さんがtwitterで呟いただけなんですが、それがきっかけでわたしはベビメタにもパペラキュウにもはまっていったわけです。ベビメタについてはこのブログでも沢山書いていますので敢えて書きません。パペラキュウは下のリンクより閲覧していただければ全話無料で読むことができます。見事なB級異形漫画です。

で、うしじまいい肉さんについてですが、この方はいろいろなことをやっています。まさにその存在そのものが異形の生命体ともいうべきものです。
現在は自作の下着販売等もやっており、この下着がなかなかエロく、また女性に人気があり、そのうしじまいい肉制作下着を着た女性たちがその姿を自撮りしてtwitterに投稿しており、それをまたうしじまいい肉さんがリツイートするという現象が展開しております。
これは凄いです!
何が凄いっていうと、作家たちの多く(?)が、己の作品を読んでその感想を呟いた人のtwitterをリツイートしているのですが、自作品を褒めてくれている読者のツイートなんて第三者が読んでもなんというか鼻につくだけで、お前ら勝手に仲間内で褒めあって勝手にしてろ!と思うだけなのですが(ですからわたしはわたしの作品を褒めてくれた人のツイートをリツイートすることなどありえないのですが、そもそもわたしの作品を褒めてくれるツイートがないのでそんなこと心配する必要もないのです)、このうしじまいい肉さんの場合、彼女がリツイートするのは読書感想文ではなく、自撮り写真、それも際どい下着を着用した女性(時には男性も)のものなのですからうざいなどということはまったくなく、なんという僥倖!ともいうべき素晴らしいうしじまいい肉ワールドが拡がっているのです。こういうtwitterの利用法というのはうしじまいい肉さんが唯一ではないかと思うのですがどうなのでしょう?とにかくうしじまいい肉さんのtwitterの利用方法はとても戦略的で、計算されており、かといって一方ではアンチを増やしてしまいかねない狂気も孕んでいるというこれまたある意味戦略的であるものです。
とにかくアンチに対しては、容赦ない罵詈雑言を浴びせかけます(笑)。
一番多様されるのが、「死ね」ですが、まあ本当に清々しい感じで「死ね」が使用されます。時にはアンチだけではなく、信者っぽい人にも、ちょっと癇に障るコメントがあると「死ね」と投げつけます。ですからまさに狂気そのものです。でも本当に狂っているのかというとそんなことはなく、別の面では至極冷静であるのです。
そのスタンスは、神聖かまってちゃんのの子に似ている感じもしますが、の子ほどには向こうよりではなく、極めて常識人だと思われます。それは彼女のクリエイターだけでなく、事業経営者としての才能をみれば明らかです。
そういえばうしじまいい肉さんは神聖かまってちゃんも好きなアーティストのひとつだと呟いておられました。なかでも「死ねーよ、佐藤」で有名な「夕方のピアノ」が好きなようなことを呟いておられた記憶があるのですが、定かではありません。
音楽方面でのうしじまいい肉さんの知識量は半端ではなく、非常に広範囲の分野の様々な音楽を聴いておられます。また、アニメや漫画方面の知識も凄いです。
8月の終りに、「うしじまとファックしたいと思う男性を集め、顔を眺めながら食事をする会」というものが開催され、20数名の男性が集まったようです。そして食事の会の模様をうしじまいい肉さんはツイキャスで生配信したのですが、これがまた面白かったです。
うしじまいい肉さんは男性陣に対して丁寧に一人づつインタヴューしていくのですが、最初に各人の本名をすばり訊いていくのです。「嘘をつかないでくださいね」と念押ししながら名前を名乗らせ、インタヴューしていきます。男性陣は普通な人もいますが、ちょっと変わった人もおり、またややコミュ障っぽい人もいました。そんな様々な男性陣に対してうしじまいい肉さんはうまく話を引き出していくのです。これだけでも彼女の真っ当さ加減がよくわかりました。なかなかうまく話せない男性に対しても優しくリードしてあげる感じで共通の話題を見つけ出して話を引き出していくその気持の配慮というものは単なる自撮りエロギャル(なんか古臭い言い回しですいません)ではないことを証明しておられました。
この会で一番わかったことは、集まった男性とうしじまいい肉さんのなかではうしじまいい肉さんが最も真っ当だということでした。かといって男性陣がまともではないということではありませんからね、あしからず。
ということで、うしじまいい肉さんについて書こうと思ったら書くことが一杯あって、自分ながらちょっとびっくり。ですので、分けて書いていくことにしました。
日にちをおいて、分けて投稿していく予定です。
予定では、以下のエントリーとなります。
・うしじまいい肉VS茂林健二郎
・うしじまいい肉とカンパニー松尾
・うしじまいい肉と山本直樹
・うしじまいい肉とベビメタ
・うしじまいい肉からうしじまいい肉へ(終)

2014年9月25日木曜日

iPS細胞と既視感(追加)


2012年、ランセットに掲載されたES細胞由来網膜色素上皮細胞の黄斑変性患者への臨床応用報告

日本のマスコミはだらだらと一点に集中して報道する傾向がある。iPS細胞しかり、STAP細胞しかり、iPS細胞初の臨床応用しかり、ノーベル賞しかり(また村上春樹がノーベル文学賞の最有力候補ってことで糞みたいな狂躁が繰り広げられるような気がする)、とにかく皆が同じことを報道して恥ずかしくないのかと思うくらい同じような報道を繰り広げる。
お前ら馬鹿か、糞か、あほんだらか、糞虫め!www

上に貼った論文は2012年にランセット(臨床医学の雑誌としてはニューイングランドジャーナルに次ぐ権威あるもの)に掲載されたものである。
執筆者の所属施設はJules Stein Eye Instituteでこれはわたしが91年から93年まで留学していたところである。
この論文はES細胞由来の網膜色素上皮細胞をStargardt's macular dystrophyという先天性黄斑変性疾患と加齢黄斑変性のドライタイプ(本邦で先日行われたiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の移植は加齢黄斑変性のwet typeに施行された)に移植したというものである。
ES細胞は胚性幹細胞といわれ元々の再生医療はこのES細胞を用いて行われてきたのであるが、受精卵を使用することの倫理的問題があるためこれに代わる万能細胞の開発が急務とされその流れのなかからiPS細胞が開発されたわけである。iPS細胞は細胞内に外部から遺伝子を導入することにより万能化させるわけでその副作用が危惧されるわけであるが、ES細胞はその点においては憂慮すべき副作用は考えられず、安全な万能細胞といえる。
そのES細胞を使用して、網膜色素上皮細胞を誘導し、それを黄斑変性患者へ移植するというヒトでの臨床応用がすでに2012年に始まっている、いや、正確にいうと論文となって発表されているのである。これはiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の加齢黄斑変性患者への移植と同じくらいに画期的なことに違いない。
しかし!
しかし、この臨床報告が世界的に話題になったなどとは寡聞にして知らない。
ランセットに掲載されるくらいだから論文の重要性は保証されているものと思われる。
しかし・・・・。
というか、おそらくこれくらいの扱いで十分なのだと思う。
この臨床応用に対する反応はこれくらいで十分なのである。日本のあの狂騒的な報道がおかしいのである。上記論文についてもよく読むとかなりいい加減である。患者の数の記載がないことから各1症例だと推測される。視力が若干改善したとあるが、まさに若干、いやほとんど変化なしといってもいいような改善にしか過ぎない。網膜色素上皮細胞の移植方法は、今回の理研の細胞シートではなく、ばらばらになった細胞を網膜下に注入しただけである。移植後の細胞の状態を示す眼底写真もなんかなあ・・・というようなものである。これでランセットに掲載されるのか・・・・もしかしたらランセットに投稿した経験のないわたしのようなものの単なるランセットの誤った過剰評価に過ぎないのかもしれない。
臨床の論文とはそういうものである。
論文になったからといってそれが真実である証拠はなにもない。
その後の第三者の検証に真実は預けられるのである。
元からして胡散臭い論文は誰も追試せずに検証さえされないという憂き目にあうこともあるようだが(笑)。
もうちょっとというかもっともっともっと冷静になって新たな知見というのは報道すべきであるのだ。検証はこれからなのである。そして、検証が終わってそれが本当に画期的な発見であることが確かめられてから漸く大々的に報道すべきだと思うのである。
こういう手順をきちんとふめば今回のSTAP細胞のような悲劇は起こらなかっただろう。
そして、iPS細胞の臨床応用に関しても無闇矢鱈な確証もない希望を患者に与えることもなかったであろう。

わたしは再生医療否定論者であるが、再生医療そのものを否定するものではない。
自分自身のカンとして、おそらく再生医療が臨床応用されることはないような気がしているだけのことである。であるから再生医療をどんどんと発展させて臨床応用までもっていくために力を尽くしている人たちには頭がさがる思いである。そして、再生医療が臨床応用され実際的な効果が確かめられた暁には「参りました」と土下座してもいい気持ちではある。
再生医療において細胞や組織の移植では中途半端なのである。
おそらく再生医療が実質的な医療としての効果を発揮するのは臓器移植の段階になってからだと思う。つまり、万能細胞から臓器を誘導するまでになったらおそらく再生医療万歳!となるように思われる。腎臓しかり、心臓しかり、肝臓しかりである。眼球に関しては視神経の再生とのからみがあるので眼球が再生されただけではなんともいえない。神経の再生が達成されないと実質的な利益はないような気がする。
そして、この万能細胞の臓器への誘導に関してもっともその最先端を走っていたのが笹井くんだったのだ。彼を失ったことは再生医療においてとんでもない損失に違いないのだ。

で、万能細胞から臓器を誘導するのはまだまだ険しい道程であるような気がするのだが、万能細胞からヒトの個体を作成すること、つまりクローンヒトを作成することは臓器誘導よりも簡単なような気がする。それは20年前に生まれいでたクローン羊ドーリーをみても一目瞭然ではないだろうか。
ということは、個々の臓器誘導が不可能ならまずクローン個体を作成してそこから臓器を取り出せばいいということになる。
おそらく将来的に臓器誘導ができないなら、例えば切羽詰まった心疾患を持った富豪が科学者に巨費を投じて、自分のクローンを作成させ、そこから若い正常な心臓を取り出し、自分に移植するということは十分にありえるのだ。その際、そのクローンをどうとらえるかはこれまたいろいろと論議されることにはなるだろう。

わたしが再生医療が嫌いな理由のひとつに「再生」という言葉自体のいかがわしさがある。
現代の病気のほとんどは、老化にともなったものである。心筋梗塞、脳梗塞などの虚血性疾患、認知症、骨粗しょう症、白内障、加齢黄斑変性などなど、それにもちろん癌も!
わたしたち医師はなにと戦っているのかというとほとんどが老化と戦っているのである。
老化=病気という図式が成立してしまっており、「病気を治す」というものの真実は単なるアンチエイジングに他ならないのである。
老化は悪か?
そんなことは絶対にないのである。
老化による緩徐な死の受容がなくなれば死は須らく悲劇的なものになってしまう。

最近は世間ではより長く生き長えることよりもよりすっきりと死ねることに関心が向いているように思われる。
まさに賢明な姿勢である。世間の方がまともである。
もし不老不死が達成されたならおそらくその瞬間から人類の破滅が始まると思われる。それだけは確信としてわたしの心中に巣食っている。


2014年9月19日金曜日

iPS細胞と既視感(改)

 iPS細胞の今後の展開

前回のエントリー(削除済)の趣旨は、1)マスコミの世界初iPS細胞の臨床応用記事のくだらない過剰さを批判。2)過剰な報道(すべてが美談)のなかで報道されない臨床応用の現実的な問題点を呈示。であったはずだ。
わたし的にはそういうつもりで書いた。しかし、文章というのは書かれてしまった後にはひとり歩きをしていき、書いた本人が思わぬ方向に解釈が向かってしまう場合もある。
小説などは同じ小説を百人が読めば百通りの解釈が出てくる。
文章とはそういうものだ。
誤読がいやなら、それはすなわち誤読のない世界、それはおそらく数式の世界になると思うので、数学の世界に身を投じるのが一番であるように思われる。そこには誤読の入る余地のない美しい方程式があるはずだ。

STAP細胞の事件から今回のiPS細胞の臨床応用に関していろいろと見聞きして思ったのは、やはり医学界とはきな臭い世界だなということ。
かといって自分が清廉潔白の世界に住んでいるなどという厨二病的な自己満足に浸っているわけではない。自分もそのきな臭い世界の一員であることは重々自覚しているつもりだ。
エントリー削除の理由を書いたところでまたいろいろな憶測が流れるだけだからその理由を書くつもりはない。
ただあるのはエントリー削除という事実だけだ。
まさに、糞!だ。



2014年8月19日火曜日

BABYMETAL at SUMMER SONIC 2014

 サマーソニック(SUMMER SONIC)は、毎年8月上旬から中旬の間で2日間、
土曜・日曜に千葉と大阪で開催される都市型ロック・フェスティバルである。
企画・運営はクリエイティブマンプロダクション。

サマソニに参戦してきました。
もちろん目当てはベビメタ!ですが、それ以上にクラフトワークというのが本心です。
ベビメタだけが目当てなら京都住まいのわたしは大阪に行けば事が済むのですが、クラフトワークは東京だけの出演ですので、仕方なくというか喜び勇んで東京いや正確には千葉の幕張まで駆けつけました。
初日の土曜日の昼頃に幕張に到着し、いろいろと手続きをしている間に時刻は午後1時過ぎになってしまい、焦りながらもベビメタが登場予定のマウンテンステージへと馳せ参じました。ベビメタの登場は午後2時30分頃ですのでまだ余裕があったのですが、ベビメタの前の公演が、Fear, and loathing in Las Vegas(以降ベガスと略します)だったのでこれはぜひ聴かなければと思い、急いだわけです。
なぜなら単純にベガスの音はいいのです。
わたしは下に貼ったベガスの「Love at first sight」という曲がベビメタの「いいね!」に似ている、つまり「いいね!」はベガスからかなり影響を受けているという話からベガスを知るに至ったわけですが、確かにベガスの音と「いいね!」に共通するものはかなり見受けられます。「いいね!」よりもベガスの「Love・・・」を早く聴いていたらベガスの方に衝撃を受け、後に「いいね!」を聴いた時に、「ふーーん、なんかベガスみたい」なんて思ったかもしれません(笑)。で、ベガスのアルバムも手に入れ、他の曲も聴いたのですがどれも素晴らしいのです。なんで今まで知らなかったんだろう・・・とかなり反省しました。ですから今回のサマソニ参戦の第3の理由は、このベガスのライブを聴くということもあったのです。しかもそのベガスがベビメタの前というなんという絶妙なプログラム!
サマソニわかっているなという感じでした。

マウンテンステージはサマソニの数ある屋内ステージの中でも最大で、約2万人の収容力があるということです。到着してみると確かに広く、大体半分くらいまでがベガスの登場を待っている人たちで埋まってました。しかし、明らかに次のベビメタを待っているベビメタメイトたちもかなり多く見受けられました。おそ らくかなり前から前方の方はベビメタメイトたちで占められていたのではないかと思います。このメイトたちはとてもノリがいいので、ベガスの演奏中でもまさにノリにノッてモッシュができてました。
 ベガスの公演風景
ベガスの演奏は迫力満点で一方MCはすごく真面目で神戸出身のバンドということでこれからも末永く活動を続けてほしいと思いました。敢えて言うなら多くの曲が同じような展開なのでおそらく1時間聴くとちょっと食傷気味になるのではないかと思いました。これからはもうちょっと曲調のバリエーションを広げてほしいような気もしましたがこれはいらんお世話のような気もします。とにかく今後の一層の活躍に期待です。 で、ベガスで会場が盛り上がったところで、いよいよベビメタの登場です。 わたしはベガスの時は会場の真ん中あたりにいたのですが、ベガスの演奏が終わった後にすぐに前の方に移動し、ちょうどプレミアム客(一般入場とは他に1日3万円出すことによりプレミアムチケットというのが得られます。ちなみに一般入場料は1日1万5千円)のための専用エリアが左前方にありその柵のところまで行きました。事前情報でプレミアムチケットというのはあまりその価値がないことを知っていたので、確かにプレミアムのすぐ側まで実際に行けたことからプレミアムチケットにしなくてよかったと思いました。 ということでわたしはかなり前の方に位置していたためどれくらいの人が会場に集まってきたのかはわかりませんでした。twitter等の後からの情報ではマウンテンステージいっぱいになり公演15分前には入場規制がかかったということでした。 欧州および北米公演の評判からおそらく、いや必ず今回のサマソニでは入場規制がかかるのではと予想していたのですが、その通りになってしまい、それはそれでうれしいことでした。そのために早めに前方に位置取りをしておいた甲斐があったというものです。
ベビメタのライブ風景
で、いよいよベビメタの登場です。 いつも通り紙芝居ではじまりましたが、その紙芝居は欧米遠征のものと同じで、英語で語られました。違うのは「メタルの道はすべて・・・につながる」が「日本につながる」になっていたこと(まあ会場が日本ですのでそうなるのは当たり前ですが)、日本語字幕が付いていたことです。 演奏はこれもいつも通り「BABYMETAL DEATH」から始まりました。 しかし明らかにいつもよりも勢いと迫力が違い、会場の熱気もいつも以上だったような気がします(いつもベビメタのライブに参戦しているわけではないのでいつもというのがあいまいなのですいません)。ファンクラブの会員のみ参加可能だったライブを除けば、日本での一般相手のライブは武道館以来だったので待ちに待ったファンたちの熱狂は凄まじいものでした(わたしもそのうちの一人だったのですが)。 セトリは欧米のフェスと同じかと思っていたのですが、予想に反して、ヘドバンギャーとドキドキモーニングが加わっていました。まさに望外の喜びでした。そして、さらに後半の紙芝居では、これまでのサマソニでのベビメタの歴史が語られ、その最後には、11月のニューヨークとロンドン公演の発表がありました。 ベビメタのパフォーマンスは素晴らしく、神バンドもいつも通りの神演奏でした。途中でSU-METALのマイクの調子がおかしいところがあったのですが、SU-METALは慌てることもなく冷静にその旨の合図を送り、きちんとマイクの音が修正されていくその様はまさにSU-METALの女王様ぶりを垣間見た感じがしました。YUIMETALとMOAMETALの踊りもいつにも増してキレキレでした。 あっというまに約40分のベビメタに演奏は終わりました。いつものように「See You」であっけなく終わりました。と同時に会場に集った多くのベビメタファンおよび一般聴衆の移動が始まりました。 ぐぬぬぬ・・・どれだけ人がいんねん・・・。 マウンテンステージの次のGHOST公演の時は約1/4 に減ってしまっていたということです。GHOST涙目ですが、まあ仕方ない。ベビメタが異常なのです。
 KRAFTWERKのライブ風景
翌日は大トリでクラフトワークを観ました。 3D眼鏡を装着しての3D鑑賞です。当日配布された3D眼鏡はちゃちいものでしたが、これが意外や意外、なかなか装着感覚がよくてよかったです。 大トリといってもさすがにクラフトワークにそれほど観客は集まらないだろうなあと危惧はしていたのですが、それでもマウンテンステージの7割方は埋まっていたように思います。よかったよかった。 クラフトワークのライブそのものは3D映像とともにダフト・パンクを想起させる衣装を纏ったメンバーたちが淡々とテクノを演奏していきます。約1時間20分のライブの一番の見所は、やはり「Radioactivity」。直前にMCで友人の坂本龍一に日本語訳をしてもらったこと、そして闘病中の坂本の回復を祈るということが英語で語られました。しかし、正直に言うと、1時間20分立ちっぱなしでクラフトワークを聴くのはやはりちょっとつらいです。座ってゆっくりと聴きたかったというのが本音です。 ということで、今回のサマソニで感じたことを。 まずはどの会場も大体半分くらいの入りだったような気がします。 下はマリンステージですが、日曜日の昼のライブはこのように空き空きでした。
マリンステージはQVCマリンスタジアムが用いられる
でも半分くらいの入りのほうがのんびりと観れていいような気がします。フェスなんですからのんびりと聴くという方がそもそもの趣旨にあっているような気がします。そこで自分の知らないミュージシャンの演奏にたまたま出会い感動するというのもひとつの醍醐味といえるのではないでしょうか。 最後に今回のサマソニでわたしが聴くことが出来た演者の中でのベストアクトは? もちろんベビメタといいたいところですが、そしてそれに十分に値するベストアクトをベビメタはみせてくれたのも確かなのですが、残念ながらもうひとつ抜きん出たバンドがいました。 それはBOOM BOOM SATELLITESでした。 2日目のクラフトワークの公演の前にレインボウステージでの演奏でした。元々、お気に入りのバンドだったので観る予定にしていたのですが、それほど期待していたわけではありませんでした。しかし、ブンサテは、約半分くらいしか埋まっていないレインボウステージで圧巻のパフォーマンスを見せてくれました。わずか3人のユニットでここまでの音を圧出し奏でるとは! 素晴らしかったです!ブンブンサテライツ! 本当にありがとう! ということで、ブンサテのPVを最後に貼りつけておきます。



2014年8月8日金曜日

マスコミと科学界の不幸な関係

この画像に関するコメントはなし

火曜日午前のオペがやや早く終わったので、締め切り間近の依頼原稿の執筆にとりかかろうとオペ室からいそいそと出ようとしていたわたしの前に同期の麻酔科部長が現れ、わたしの目の前にiPhoneの画面を差し出した。
そこには、「笹井」という文字と「自殺」という文字が見えた。
一瞬にしてわたしは事態を理解したが、それでも驚愕するわけでもなく、なぜか淡々としていた。
なぜか?
笹井くんと自殺というのは、最もかけ離れたまったく想像もできない文字の組み合わせに違いなかったからだと思う。
わたしにとって笹井くんは同期のなかでも最も自殺とは縁のない人だと思えた。というかそんなこと一瞬として脳裏によぎることはなかった。
ある意味、今回の件で汚点をつくってしまったが、この失地からいかに甦ってくるか、その凛々しい笹井くんの姿を想像するだけだった。
正直いって未だに笹井くんの自殺を素直に受け入れることはできないのであるが、それでも本当にそうならそれは笹井くんをして自殺させる状況というのはいかに苛烈なものであるかと想像し、同じ状況に陥ったら自分ならどうなっていたのだろうと考えるとやりきれない思いに浸るのであった。

すべての不幸のはじまりは、あの最初のSTAP細胞の会見にある。

あの過剰に演出された会見で、理研は、笹井くんは、小保方さんはマスメディアと大衆の渦の中に深く深く足を踏み入れてしまった。
そこは賞賛がある一方、嫉妬や毀誉褒貶にまみれたどす黒い世界ともいえる。
ちょっとした出来事で、評価が一変してしまうこともしばしば。
そして、その手のひら返し、しっぺ返しに見事に彼らははまっていく。

医師としてまた昔は研究していたものとして、論文の部分的コピーなんか普通でしょっ、方法論の記述ミスもよくあることやん、論文自体の結論が間違っていて再現実験ができないなんて普通やん、今まで同じ追試実験やって同じ結果が得られないって数えきれんくらいあったわ、普段、病院で抄読会やっててもまず論文読んで話すことはこの論文メイクやろとかかなり盛ってんなとか、そもそも発想が間違ってるわとかそんなんばっかりでまず否定から論文読みは始まるというのが王道やろ、臨床医学の論文なんてその成績のよさを信じてやった手術法がとんでも手術法で現実的にその手術法でかなりの合併症を被った患者もいるで、で、それは世間に明るみに出ることなく闇に葬られていく、そんなん沢山とは言わんけどけっこうあるな、とか、とか。
で、この記述は同業者にはある程度の同意を得てもらえると思うのだが、それ以外の人たちが読むともう怒り心頭、許せん、謝罪せよ、告発じゃ!となるのは最もだと思う。

正直にいうと、今の今でも笹井くんのどこが悪かったのかまったくわからない。かれが捏造したなどとはまったく思えない。不適切な関係?まさに笑止千万、あり得ない。かれは自分に与えられたタスクを忠実に実行し、それはネイチャーアクセプトという形で花咲いた。
しかし、あの過剰演出が、後々・・・・。
ヒーローとヒロインになるはずだった2人は見事に大衆とマスメディアによって地に引きずり落とされた。そしてある意味の公開処刑にあわされた。

公開処刑。
ちょっと言い過ぎかもしれないが、当人たちにとってはそれ以上の過酷なものに違いない。

しばしば新聞やTVに「新たな治療法が開発される!」「難病ももうすぐ治る!」などの文言が踊ることがあるが、わたしなどはそれらを読む見る度に、どうせまた1年後には消えている糞実験だろ、とか、どうせまたいろいろな作用機序がわかって迷宮に陥っていく類の成果やんけ、とか言って、罵詈雑言を並べて終わるのが常なのだが、世間はそうでもないのだ。小さな他愛もない成果に一喜一憂する人たち、それもかなり多くの人たちがいるというのも現実なのだ。

今回、特筆すべきは、ネットの威力でもあった。データの捏造を暴いていったのはすべてネット経由であった。なにをしてあのような暴露作業がなされるのか?その動機には興味津々ではある。暴露をしていった人たちの心の闇のようなものにも触れてみたい気もする。まあどうせ無理なことなのだが・・・。

笹井くんはマスメディアに殺されたという人もいる。そうかもしれない。
しかし、わたしはマスメディアというのはそういう類のものだと思っている。そしてそうでなければいけないのかもしれないと思っている。
変えるなら科学界のマスメディアへの対応だと思う。マスメディアを利用してその業績を喧伝することも大切かもしれないが、もっとやり方を変えないと同じような犠牲者(科学者)が出るのは確実だ。

佐村河内氏の嘘が暴かれた際に、わたしも含めて多くの医師も科学者もざまあ!といってその公開処刑を楽しんだのだ。しかし、音楽関係者の一部では佐村河内氏のやり方のすべてが間違っているわけではなく、プロデューサーとしての才能はあると擁護する人もいたのは確かだ。住む世界が違えば事象の見え方も変わってくる。当たり前のことだ。

ああっ、とにかくわたしもあなたもそして多くの人が、ネットを通じて、マスメディアを通じて公開処刑が行われるのを楽しみにしている。 これは現代の病理でもなんでもない。おそらく昔からある人間の根源的な欲求だと思う。ただし、身内が公開処刑の対象になった時は悲惨であるに違いない。その時だけ自分は被害者だとうそぶくことは可能だが、それよりも他の局面では自分も公開処刑の観覧者だということをもっというなら間接的な加害者であるかもしれないということを認識しておくべきかもしれない。

書いていて何が言いたいのかよくわからなくなってしまった。
とにもかくにも笹井くんの死に、合掌。
あまりにも大きな才能を世界は失ってしまった・・・。